「夫に離婚迫られ、悩んでいた」
事件の起きた日は、正悟くんの誕生日だった。
その前夜に見た明るい夜空を、天海さんは今でもはっきりと覚えている。
「ものすごく月がきれいな空だったんです。ああ、うさぎさんがいるな。明日は正悟の誕生日だねって」
しかし、その日が正悟くんに訪れることはなかった。
「まだ子どもたちがこれからというときに夢も希望もすべて持っていかれた。犯人が捕まらないとこの子たちは浮かばれない。だから私も事件の原因を知る必要があります。じゃないと、あの世に行っても利代と子どもたちに会えない」
そんな思いとは裏腹に、犯人は一向に逮捕されない。子どもたちにも背中を押され、天海さんはメディアの取材も受けるようになり、街頭でちらし配りも始めた。事件発生から5年目には、愛知県警に要請して追悼式を行い、同年に入会した殺人事件被害者遺族の会「宙の会」(東京都)のメンバーとともに参列した。しかし、利代さんの夫はそこにいなかった。
「私が活動するので、妹の夫は出る幕がないと思っていると人づてに聞きました。温度差は感じています。3人の子どもの父親として、犯人検挙に向けた活動に命を懸けてほしい」
そう語る天海さんは、事件前の利代さんの様子について、複雑な事情を打ち明けた。
「実は事件の数年前から、夫は自宅に帰ってこなくなっていました。離婚も迫られ、3人の子どもを抱えてどう生活していこうか利代は悩んでいました。それでも、元の優しい夫に戻ってくれると信じていたのです。それなのに……」
愛人に溺れ、会社の金を詐取
先の捜査関係者が明かす。
「夫には事件当時、交際していた愛人がいました。夜の街に足しげく通い、金銭的にも相当浪費したようですね。借金を作ってしまったこともあり、自分が働いていた会社の金を騙し取って逮捕されました」
夫は事件発生から半年後の'05年3月、勤務先で不正に取得したパソコンを横流しするなどで現金約520万円を騙し取ったとして、詐欺容疑で愛知県警に逮捕された。
これに加え、取引業者から工作機械を水増し発注して現金を受け取っていたことも判明し、パソコン横流しとあわせて詐取した総額は約1300万円に上った。
夫は当時、名古屋市錦にある複数の会員制高級クラブを頻繁に利用し、知り合ったホステスと同棲を始めた。
年収は1000万円以上あったが、ホステスとの生活費や遊興費に困るようになり、消費者金融に手を出した。この膨らんだ借金返済のため、パソコンの横流しを計画した。
名古屋地裁で開かれた初公判で、夫は起訴事実を全面的に認めた。
同捜査関係者が解説する。
「詐欺事件のほうは別件で、本丸は放火殺人との関連性です。ところが愛知県警は証拠不十分で落とせなかった。それで批判を受けたので今も強気に出られないのです」
詐欺罪に問われた夫に対し、名古屋地裁は、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。
その後に行った記者会見で夫は、寛大な判決に謝意を示したうえで、放火殺人事件についても言及した。
「私は全く関与していないのに、警察から容疑者として調べられた。ポリグラフ(うそ発見器)にもかけられた。私が関与しているかのような報道も一部でされ、残念だ」
以来、夫は公の場には姿を現していない。