カッコいいのにチャーミング、向田邦子のココが魅力
平凡を喜び愉しむまなざしが、時を超え人を惹きつける。それを象徴するエピソードや本の中の一節を教えてもらった。
モノ選び
「向田さんは暮らしをていねいにつむぎ、おうちの居心地をよくする天才。高級品を使うのではなく、食器や調度品は“万一粗相をしても、その日一日気持ちの中で供養すればすむ”(『眼があう』より)程度の、財布に見合ったものを選ぶという美学も持っていました」(大江さん)。肩ひじを張らず身の回りを彩る軽やかな生き方は人生の指針に。
『向田邦子 暮しの愉しみ』(新潮社)食器やインテリアなどあ向田邦子のライフスタイルを知る入門的1冊。
距離の取り方
ソーシャルディスタンスが求められる昨今だが、「向田さんの人との距離感の取り方は勉強になります。例えば、実妹の和子さんが向田さんに相談事をしたときのこと。ずっとたわいもない話をしていたのに、外へ出て横断歩道を渡るときに一生忘れられないようなひと言をぽつんと言ったとか。自分の考えを押しつけず、愛情深く言葉を選び伝えていた人なのだと思う印象的なエピソードです」(大江さん)
『向田邦子の恋文』(向田和子著・新潮社)没後20年を経て公開された恋人との手紙のやりとり。向田邦子の愛情の深さを知る本。
食いしん坊
「“水羊羹評論家”を自称し、水羊羹へのこだわりを書いたエッセイ『水羊羹』など、向田さんの食に対する探求心には感激します。読むとつい食べたくなります(笑)」(大江さん)。“食いしん坊”が高じて実妹と開いた小料理屋「ままや」で友人たちと食事を楽しんだことも有名。「サッと作れるレシピが掲載された『向田邦子の手料理』は今でも主婦に人気です」(粕川さん)
『向田邦子ベスト・エッセイ』(筑摩書房)「食いしんぼう」「旅」「家族」など、テーマ別で初心者にも読みやすい珠玉のエッセイ集。
悪者を描かない
エッセイにたびたび登場する向田邦子さんの実父。亭主関白で威張り散らすさまは、まさに“昭和の親父”。でも「父親のダメな部分も含めて愛情深く描かれているから、読後は父親に対して不思議と愛らしさを感じます。小説『隣の女』で不倫にハマる女性でさえ、悪者として描かれていない。“誰だって完璧じゃない”と教えてくれるのが向田作品です」(粕川さん)
『父の詫び状』(文春文庫)表題作をはじめ、昭和のどこにでもある家庭の風景をユーモアを交えて描いたファーストエッセイ集。
本好きタレントのおすすめ作品【芸能界にもファン多し!】
10~20代での向田邦子との出会いが今につながっているという読書家のおふたり。特に影響を受けた向田作品とは。
人間の本質に目を向けることを教わりました
竹内香苗さん
「整形手術をし、見た目も性格も変わりゆく愛人との関係を描いた短編小説『だらだら坂』(『思い出トランプ』/新潮文庫に収録)。主人公の庄治の本音やその愛人のトミ子の反応に、人の本質に目を向けるよう促された気がして、作品中の光景が頭から離れなくなりました。また、『向田邦子の恋文』では、向田さんのしなやかでたくましい大人の女性像に憧れました。いずれも仕事に恋愛に忙しく、もっと強くなりたいと思っていた20代の私に衝撃を与えてくれました」
作品を通じて得た向田さんの熱が私の原動力です
戸田菜穂さん
「エッセイの『字のない葉書』(『眠る盃』/講談社文庫に収録)は、小学校の教科書で読んで強く心に残り、高校生でドラマを見て、大人の男女とはこんなにも艶っぽいものかと酔いしれました。20代前半で向田作品のドラマに出演できたのは夢のよう。監督の久世光彦さんを通して感じた向田さんの熱は、今も私の原動力です。久世さんが向田さんとの思い出を書かれた『触れもせで』も好き。向田さんは素足の似合う女性だったそうで、それを知ってから私もいつも素足でおります」
教えてくれたのは……
エア本屋 「いか文庫」店主●粕川ゆきさん
雑誌での連載、ラジオ、テレビなどにも出演。都内のリアル書店でも働く。向田邦子との出会いはテレビドラマ『父の詫び状』。その後、高校の図書館で原作を見つけ運命を感じ、大ファンに。
「枚方 蔦屋書店」文学コンシェルジュ●大江佑依さん
20代のころ、母のすすめで向田邦子のエッセイを読み始める。以来、作品を読むだけにとどまらず、ゆかりの味や土地を訪ねる。「枚方 蔦屋書店」のサイトでコラム『読物飛行』を連載。
(取材・文/河端直子 撮影/西郷泰好(向田さん))