ブレなかった「金メダル」宣言
JXで指導をする傍ら、2011年と2015年には女子代表のコーチを務めたホーバスHC。女子代表HC就任の話が持ち上がったのは2016年の年末だった。史上初の外国人指揮官であり、3年後に迫った東京五輪をリードする大役だ。上昇志向が強く、負けず嫌いの男は日本バスケットボール協会からのオファーを快諾。2017年1月23日に就任会見に臨んだ。
「チームの目標はメダル。決勝でアメリカと対戦し、金メダルを取ること」
声高らかに宣言したものの、周りはネガティブな空気に包まれた。ベックHCも「日本人の95%が『金メダルは不可能』と感じたのではないか」と当時の空気を代弁する。
佐藤HCも確信を持てずにいた。
「2016年リオデジャネイロ五輪の戦いを見て『組み合わせ次第ではメダルに手が届くかもしれない』とは感じましたが、さすがに金メダルはちょっと難しいというのが率直な感想でした。日本人指導者だったら、そこまで大きな目標は掲げられなかったでしょうね」
キャプテン・高田も半信半疑だった。
「トムさんは代表アシスタントコーチのときから『日本は絶対、金メダルを取れるから』と口癖のように言っていました。でも『厳しいな』というのが正直な気持ちでした。金メダルを取るには相当な努力が必要。『ここからホントに大変だ』と先が思いやられました」
冷静な高田がそう感じるのだから、ほかのメンバーは戦々恐々としていただろう。
まさに壮大な目標へのチャレンジ。ホーバスHCは選手たちに熱く語りかけた。
「日本は勝てるし、メダルを取れる。自分を信じてください。自分たちが設定した目標をクリアできるのは自分しかいません」
長年、この国に暮らした分、日本人のメンタリティーを熟知している。自信を持たせることは、非常に難しいテーマだと感じていた。
けれども、彼自身も信じて努力したことでNBAという夢をつかんだ。諦めずにやることでしか道は開けない……。信念は揺らがなかった。
第一関門は2017年7月の女子アジアカップ(インド・バンガロール)。代表合宿では、1日の練習は平均7時間。JX時代同様、休みがほとんどない高度なメニューばかりだ。しかも、何かあれば遠慮なく文句を言う。
秘蔵っ子・宮澤も「怒られまくった」と苦笑する。
「トムさんにはJXの新人時代から長く教わっているんですが、当時は昼の20分間、個人練習に付き合ってもらっていました。あるとき、うまくいかず、キレられ、見捨てられてしまった(苦笑)。佐藤清美さんが面倒を見てくれて、関係修復できましたけど、トムさんは何も言わなくなったら終わり。『見込みがある』と思うからこそ、怒ったり、怒鳴ったりするんです」
パッションを押し出す指揮官に戸惑いを覚えた選手もいた。「このままやってて本当に金メダルを取れるのかな……」と不穏な雰囲気が漂うのをホーバスHCも察知していた。
そんなとき、彼はしばしば問いかけた。
「この練習の意味、わかりますか?」
「どうしたら強くなれると思いますか?」
あえて質問したのは、自分たちからアクションを起こせるようになってほしかったからだ。
「厳しくキツイ練習も納得してやらなければ身に付かない。『本気で世界一になるんだ』と彼女たちに考えてほしかったんです」
19時に練習が終わった後はミーティングはなし。心身を休める時間をしっかりつくるというホーバス流の配慮だ。
「コートで散々怒って、もうこれ以上、僕の話を聞きたくないと彼女たちは感じているはず。コートを離れたら、リラックスしてほしかった」
メリハリのあるアプローチを宮澤や高田ら長く時間を共有してきたメンバーが中心になって受け入れ、日本は結束して結果を出していく。2017年女子アジア杯では世界ランキング2位のオーストラリアを決勝で1点差で下して優勝。「金メダル」への本気度はグッと増した。
翌2018年の女子ワールドカップ(W杯)は準々決勝で中国に惜敗して9位。過去10回対戦して7回は勝っていた相手に負けたのは悔やまれた。
「持てる力のすべてを出し切るところが足りなかった。女子代表は試合自体が少ない分、輝ける舞台もほんのわずかしかない。だからこそ、『SHINE(輝けるとき)』を忘れてほしくない」と指揮官は声をかけたという。
挫折を糧に挑んだ2019年7月の女子アジア杯では再び頂点に立った。準決勝でオーストラリアを打破し、ファイナルでは中国へのリベンジも果たした。1年後に迫る東京五輪大会に向け、非常に順調な歩みを見せていたのだ。
ところが、2020年3月。新型コロナウイルス感染症が急拡大。東京五輪の1年延期という予期せぬ事態が彼らを襲った。