ポイントの2つ目は「部分性」(チャプター性)である。ドキュメンタリーなので、普通の映画のようにストーリーがあるわけではない。なので、最初から最後まで通して見続ける必要がなく、あるパート(例えば「ルーフトップ・コンサート」)だけを、何度も「つまみ食い」できるような視聴形態が求められるということだ。
つまりはこの視点からも、映画よりもパッケージ、ひいては、思ったときにいつでもどこでも「ルーフトップ・コンサート」が見られるような動画配信サービスが『ゲット・バック』に似つかわしいということになる。
例えば、私自身にとっては第3話の「ルーフトップ・コンサート」の前半、『ドント・レット・ミー・ダウン』の歌い出しの3人のコーラスが良く(具体的には「1時間35分45秒」あたり)、電車の中で、スマホを使って繰り返し見た。
あと、もう1つだけポイントを付け加えれば、それは動画配信サービスという場で映像を配信する「新規性」である。コード進行、歌詞世界、録音技法、ファッション……全方位的にイノベーションを推進した、あのビートルズのドキュメンタリーなのだから。
以上、「長尺性」「部分性」「新規性」、すべての点において、『ゲット・バック』は、「蔵出し音楽映像市場」の未来を指し示したと考えるのだが、どうだろうか。
「蔵出し音楽映像」の可能性
そう言えば、今年話題を呼んだ音楽映画、『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』や『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』も「蔵出し音楽映像」というカテゴリーに入るものだ。この市場への需要は、確実に高まっている。
ということは、カメラを回しっぱなしにした「蔵出し音楽映像」の掘り起こしが始ま(ってい)るのではないか。モントレー・ポップ・フェスティバル(1967年)、ウッドストック・フェスティバル(1969年)あたりの長尺映像に加えて、個人的には『レッド・ツェッペリン 永遠の詩』(1976年)の8時間版があれば、死ぬ前に一度は見てみたいと思う。
最後にビートルズに話を戻せば、これから私含むビートルズ・ファンは、『ゲット・バック』をずっと見続けるために、ディズニープラスに月額990円をずっと払い続けるものだろうか。
現実的に、私含めた多くは1~2カ月で満足してしまうと思うのだが、それでも、ディズニープラスで満足した人の多くが、「ルーフトップ・コンサート」の感動よもう一度と、パッケージが発売されたら、また買ってしまうのではないだろうか。少なくとも、私は買いそうだ。
言わば、配信で回収し、その配信が盛り上げの呼び水となって、パッケージでまた回収のチャンスが戻ってくるという、言わば「ゲット・バック回収モデル」。ビジネスとしての「新規性」も含めて、さすがビートルズである。
スージー鈴木(すーじー すずき)Suzie Suzuki
評論家 音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。