息子にのめり込んだ母親

「香織からいきなり電話で呼び出され、優太に乱暴されたって言われたんです。まさかと思う反面、大泣きしている香織の様子から嘘だとも思えなくて」

 優太の父親・優治(仮名・60代)は事件当時のことをそう話す。

「この話は、どうしても警察でも話せませんでした」

 香織はなぜ嘘をついたのか。

「優太が離れていくのが、耐えられなかったんでしょう」

 香織はきょうだいの多い家庭で育ち、なかなか親の目が届かず、学校では成績が悪く問題の多い子どもだったという。心配した両親は、年上のしっかりとした男性のもとに早く嫁ぐのがいいと、香織が17歳のとき、優治と見合い結婚させた。

 人付き合いが苦手な香織は友人もなく、家庭だけが居場所だった。

「香織は女性はすべて敵対視し、母親や姉妹とも仲が悪く、自分の娘も大きくなるにつれ毛嫌いするようになったんです」

 優治いわく、香織は優太を溺愛し、優太も香織によくなついていたという。

「パパ(優治)は娘たちに取られちゃったから、私の味方は優太だけ」

 香織はそう言って、異常なまでに優太の世話にのめり込むようになっていった。

「香織は数年前から、もうひとり子どもがほしいと言うようになりました。男の子がほしいと……。また女の子だったらどうするのか聞くと、”おろす”というんです。そんなことできるわけないじゃないですか」

 それから優治は、香織とのセックスに抵抗を感じ、避けるようになってしまった。それは香織が優太への性虐待を始めた時期と重なる。

 香織は優太と子どもを作ろうと思ったのか……。

 事件後、優治と香織はふたりでカウンセリングに通うようになり、子どもたちはそれぞれ家を離れて生活を始めた。

男性被害者の救済が課題

 近年、#Metoo運動や性犯罪被害者支援の拡大によって、従来に比べ、性被害を告発しやすい風潮が高まりつつある。

 しかし、男性も被害に遭い、女性も加害者になるという認識は社会に浸透しているとはいえず、男性が女性から性的被害を受けた場合、男性が被害を告発することをためらうケースも少なくない。

 したがって、屈辱に苦しみながらも泣き寝入りせざるを得なかった被害者も多数存在するであろう。

 ただでさえ被害が明るみに出ることが少ない「女性による性犯罪」だが、加害者の更生については、その後の環境によって大きく変わってくる。

 和子の娘の場合は過剰な社会的制裁により、自宅に引きこもりがちとなり、それが更生への大きな支障となっている。

 一方で、「父親の息子への虐待」という報道の裏に隠れ、自らの性暴力が表沙汰にならなかった香織は、和子の娘のように社会的な制裁やひどいバッシングを受けることはなかった。よって、夫とともに事件と向き合うことができ、着実に更生の道へと向かっているのだ。

 社会が今、すべきことは、加害者となった女性に過剰な社会的制裁を加えることではない。男性の被害者も告発しやすい社会環境を作ることである。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。