家族が家族を殺害ーー。またひとつ、悲しい事件が起きた。今、日本で起きる殺人の半数は「家族間での殺人」だという。守られるべき家庭内で、いったい何が。『家族間殺人』(幻冬舎新書)の著者で、2000件以上の加害者家族を支援してきたNPO法人『World Open Heart』理事長・阿部恭子さんが解説する。
家庭は戦場になる
静岡県浜松市中区の店舗兼住宅で、70代の夫婦と20代の孫が死亡しているのが発見され、79歳の祖父を殺害した疑いで同居する22歳の孫が逮捕された。
凶悪事件が少ない日本では、本件のような家族間殺人が目立つ。2018年、鹿児島県日置市で、加害者が自身の親族4人と近隣住民1人を殺害する事件が起きており、加害者は裁判員裁判で死刑判決が言い渡されている。
同年、宮崎県の高千穂町でも一家5人が殺害される事件が発生し、犯人と思われる親族は自ら命を絶ち、真相は闇に葬られたままである。いずれも家庭の中で、複数の人間が家族の手によって無残に殺害されているのである。
筆者はこれまで約120件の家族間殺人の支援を行なってきたが、ほとんどの事件は大々的に報道されることなく、家族殺害に至る背景が掘り下げられることのないまま、社会的には幕引きとなっている。
【家族関係が密で起こるケース】
介護疲れや育児ノイローゼ、引きこもり問題など、家族の将来を悲観して心中。その過程で起きる殺人は、家庭内殺人の特徴ともいえる。家族関係が密であったからこそ、自他の境界線が見えにくくなり一線を越えてしまう。かつては関係の良好な家族であっても、さまざまな社会的・経済的環境の悪化によって引き起こされるケースがある。
日本では、家庭が上手くいっていないことを恥だと考え、世間体を気にして他人に相談することをためらう人々が多く、精神的限界を迎えてしまうケースは少なくないと思われる。
【家族関係が希薄で起こるケース】
家族間殺人であっても統計上、犯行動機としてもっとも多いのは「憤まん・怨恨」であり、ほかの殺人の主たる動機と同じだという 。
社会的に「家族」と呼ばれる関係であっても、家族間に交流がないケースも多々ある。親の再婚によって急にきょうだいができたケースや、経済的事情から親の実家で祖父母と同居するようになったケースなど、共に暮らしていく中で家族としての情が湧くケースばかりではなく、溝が埋まらないままの関係もある。
祖父母と同居していたが、ほとんど会話したことがないという孫たちもいる。たいてい家庭内で人は無防備であり、金銭を目的として狙いやすかった家族が犠牲になっているケースもある。
社会的には家族でも、加害者にとって被害者は他人同様であり、特別な感情はないのである。悪意が芽生えたとき、身近に暮らす家族はもっとも被害に遭いやすい存在ともいえるのだ。