質問状を無視する狭山市の意味不明な無敵さ

 新型コロナウィルスが日本に上陸しはじめた初期のころ、感染者差別が社会問題になっていたことを思い出したAさんは、法務局の人権相談窓口や社会福祉協議会などに電話をして問い合わせた。当然3月19日に療養解除の許可を出してくれた保健所にも電話をした。

 多忙を極める保健所もAさんの置かれた状況を理解し、狭山市福祉事務所に二度電話をし、Aさんが既に治癒していることを告げたが、それでもAさんの来所は許されなかった。

 サマリアの理事である黒田和代氏は「そんなのおかしい!」と怒り心頭。Aさんを伴って福祉事務所へ行くと、なんと、それまでAさんが何を言っても来所を許されなかったのが、あっさりと通されたのだ。

 コロナ感染者差別としか考えられない福祉事務所の対応や、そこに至るまでの行き過ぎた就労指導など、Aさんが受け続けていた「嫌がらせ」としか思えない出来事について、サマリアは3月31日付で狭山市役所に書面の質問状を送っている。

NPO法人サマリアが狭山市役所に送った実際の質問状
NPO法人サマリアが狭山市役所に送った実際の質問状
【写真】狭山市役所に送った実際の質問状

 しかし、驚くことに市役所側は「質問に答える義務はない」「原則的にプライバシーにかかわることなのでAさんとしかやり取りはしない」と頑なな姿勢を崩さず、5月9日現在に至るまで支援団体に対して質問状の返事はしていない。

 後日、福祉事務所の担当ケースワーカーと、ケースワーカーの指導監督を行う査察指導員は、「プライバシーにかかわることなので、Aさんにのみ説明します。サマリアさんにはAさんから伝えてください」と、書面の送り主であるNPO法人にではなく、Aさんに対して回答をした。その記録は双方により録音された。

狭山福祉事務所のお粗末すぎる言い訳

 質問状には、新型コロナから快復したAさんが、医療機関や保健所から「もう普通に生活していい」と言われて16日も経過していたにも関わらず、陰性証明がなければ、福祉事務所の来所も保護費の受け渡しもできないと拒否された根拠や、窓口支給ができないならば、振り込みなどの他の方法があるのか、その手続きについて質している。

 録音データに残されている福祉事務所側の説明を要約すると、以下の通り。

「一般市民から咳等のコロナ感染症が疑われる人たちが来ているとクレームが来ている」

「支給日で忙しかった」

「コロナ禍での支給方法がまだ確立されていない」

 コロナ禍2年が経過している今、こんなことが言える狭山市役所の度胸は、ある意味あっぱれである。

 しかしこれが「差別」なのだという認識がすがすがしいほどに欠けている。どの角度から見ても、れっきとした、言い訳も、ごまかしも到底不可能な「差別」だ。これを差別と言わなかったら、何を差別というのだろう。福祉事務所とAさんの双方が残した録音記録が証拠だ。

 福祉事務所の担当ケースワーカーは、こうも述べている。

「風邪症状、コロナウイルスでなくってもですね、風邪症状のような状態で、まぁ、通常の風邪ですよ、という形でご来所される場合でも、市民の方は不安に思って我々の方になぜ、あの、隔離っていうかですね、いろいろな処置をとれないのかと苦情があって、我々としても対応に苦慮しているところがありまして、間に挟まるというところも正直あります。

 なので、できれば、常にですね、市民の方はきちんとPCR検査受けてるので大丈夫ですよと一つの根拠として指し示せれば、そういうところの対応は楽になるというかですね、できるのかなということでAさんにお話しさせてもらったという面もあります」

 筆者は春の季節になると喘息と花粉症を発症する。鼻炎持ちで一年中ハナを垂らしているため、陰性証明を持たないと筆者も狭山市役所に入れないのだなと思ったが、もちろん、そんなものは持っていない。来所中も何度か鼻をかんだりしていたが、陰性証明を要求されなかった。

 そもそも、狭山市役所は花粉症や風邪の人すべてに陰性証明を要求しているのだろうか? していないのだとしたら、これは特定の人に対する差別に当たる。

 一体どうして、ケースワーカーは自らも録音しながら、こんな差別的な発言ができて、その問題の大きさに気づかずにいるのだろう。クレームがあるとしても、なぜ差別・偏見を持つ側に配慮するのだろうか。

 このような対応は「人権侵害」であり「差別」であるから注意するようにと、法務省はコロナ感染拡大が始まった当初から注意喚起をしてきた。

《新型コロナウイルス感染症を理由にした偏見や差別は絶対にあってはなりません》

 彩の国・埼玉県のホームページでは、昨年3月に大野知事が「偏見・差別の防止(新型コロナウイルス)」というページを作り、県民に訴えている。

 5分間の動画もユーチューブにアップし、大野知事ご自身が「やさしく解説」してくれている。こんなに丁寧に説明しているのに、狭山市役所に届かなかったのだとしたら大野知事もさぞかしガッカリして、プレゼンの指示棒を折るかもしれない(テキスト版)。

 動画の中で、大野知事は言う。

「政府は、発症から10日間経過をし、回復していることをもって、回復って言ってますけれども、それなのに出社を拒否するのも、これも差別のひとつの例です」

 狭山市福祉事務所はこの大野知事のプレゼンを聞いてほしいと思いながら、狭山市のホームページを見てみたら「新型コロナウイルス感染症に起因する差別的取扱い等の防止」という注意喚起を載せており、なんとも言えない気持ちになった。

 そして、さらに筆者が気になったのは、録音データに残されている福祉事務所職員のいう「一般市民」という言葉だ。一般市民と生活保護利用者を分けているのか、一般市民とコロナ感染疑いの人を分けているのか知らないが、これはどちらも差別であることに気づいてほしい。みんな「一般市民」であり、これは無意識の差別に該当するのではないだろうか。