朝ドラとは「異世界」への旅である
朝ドラのヒロインは、ちょくちょく移動する。よくあるのは、田舎で育った少女が東京や大阪といった都会に出ていくパターンだ。1年間の放送だった『おしん』などは山形の農村から酒田、東京、佐賀、伊勢へと移動した。
これは物語を劇的にするだけでなく、全国津々浦々、田舎でも都会でも楽しめるようにという朝ドラならではの工夫のあらわれだろう。その結果、視聴者は旅を疑似体験できる。大げさにいえば、異世界との遭遇だ。
しかも今回、メインの舞台は沖縄。かつて『ちゅらさん』をヒットに導いた朝ドラ向き(?)の土地だ。沖縄以外の人にとっては、食や言葉、大自然、そこに住む人たちのキャラクターなど、さまざまなポイントで旅情をかき立てられる土地でもある。
また、食べることが大好きなヒロインが料理人を目指す物語とあって、第5週までの沖縄編では現地のおいしそうな料理がふんだんに紹介された。東京・鶴見編では、そこに洋食のハイカラな料理も加わることに。各週のタイトルも「悩めるサーターアンダギー」「フーチャンプルーの涙」など、食べ物絡みで統一されている。
実は食べ物というのも朝ドラ向きの素材のようで、この10年間にも『ごちそうさん』('13年9月~'14年3月)『マッサン』('14年9月~'15年3月)『まれ』('15年3月~9月)『ひよっこ』('17年4月~9月)『まんぷく』('18年10月~'19年3月)『カムカムエヴリバディ』が食べ物(や飲み物)をテーマに取り入れてきた。
また、100作記念の朝ドラ『なつぞら』('19年4月~9月)は沖縄同様、旅情を誘う土地である北海道を舞台にヒロインが育まれる。牧場での乳しぼりや、その牛乳で作られる食べ物などが効果的に使われた。北海道編が人気だった分、東京編はやや失速したとまで当時はささやかれたほどだ。
その点『ちむどんどん』の東京・鶴見編では、沖縄での話や景色もちょくちょく挿入されている。朝ドラの王道感を大事にしたい姿勢が随所に見られるのである。
なお、視聴者が旅を疑似体験できるかどうかはキャストにも左右される。
今回、ヒロインの黒島は沖縄出身で、姉役の川口春奈は長崎の五島列島、妹役の上白石萌歌は鹿児島の出身だ。ほかに沖縄出身者としては、母役の仲間由紀恵や語りのジョン・カビラ、主題歌の三浦大知、姉の恋敵役の松田るか、ヒロインのライバル役を演じた池間夏海がいて、沖縄的なキャラと成功の象徴というべき具志堅用高も、兄が世話になるボクシングジムの会長として登場した。
また、ヒロインの黒島が沖縄出身であることには別の効果もある。朝ドラがなぜ、田舎の少女を都会に移動させることを好むかといえば、「成長物語」を面白くする転機となるからだ。『ちむどんどん』においてはそこが黒島本人の成長物語とも重なるのである。
ヒロインが東京の料理の世界で成長していくように、黒島もまた、東京の芸能界で成長してきた。彼女は生まれ故郷について、
「今はコロナ禍で気軽に(帰ること)は難しくなってしまったんですけど、前までは2日休みがあったら1泊だけでも沖縄に帰って海を見て家族に会って東京にまた戻ってくるみたいなこともあったりして。沖縄はつらいことがあったら帰ってリセットする場所になっていますね」
と、語っている。これは、ヒロイン・暢子とも重なる思いだろう。このシンクロぶりは、朝ドラ本来の感覚も呼び起こす。そう、ヒロインを演じる若手女優、いわゆる“中の人”の成長を見守るという醍醐味だ。