「星になった少年」息子との別れ……

 2005年に公開された映画『星になった少年』。前年に、カンヌ国際映画祭で主演男優賞に輝いた柳楽優弥の受賞後第一作ということで話題を集めた。柳楽が演じた、ゾウ使いを目指してタイに渡る少年、そのモデルとなったのが哲夢さんだ。

 ゾウ使いとは、ゾウを調教し、ショーなどではゾウの芸をサポートするパートナーのような存在。古くからゾウが身近な動物であったタイには、ゾウ使いになるための訓練や教育が確立されており、現在日本にいるゾウ使いもほとんどがタイ出身。哲夢さんは小学校を卒業するとゾウ使いを目指してタイの学校へ留学する。

「ゾウがうちに来たころ、私は飼育員の人と一緒に四苦八苦しながら世話をしていたの。夫は飼育にノータッチでしたから。そんな私の様子を見て、“ママがこんな重労働をして大変だ。男の僕が頑張らなければ”と思ってくれたのがきっかけだったようです」

 と小百合さんは、優しい息子に思いを馳せる。タイ留学から帰ってきた哲夢さんは、家業の大きな戦力になった。

「ショーやイベント、映画出演など、ゾウの仕事は息子におまかせ。タイ語もマスターしていたから、うちで働くタイ人スタッフとのコミュニケーションもスムーズになって。頼りになる子でした……」

タイのチェンダオでゾウに乗る哲夢さん。動物園経営でも小百合さんを支えていくはずが……
タイのチェンダオでゾウに乗る哲夢さん。動物園経営でも小百合さんを支えていくはずが……
【写真】エキゾチックな顔のハーフモデルとしてトップモデルだった小百合さん

 だが、哲夢さんは20歳の若さでこの世を去る。交通事故による突然の別れだった。

 当時の家族の様子を、麻衣さんはこう振り返る。

「うちの仕事はお兄ちゃんがいるから心配ない。子ども心にそんなふうに思っていたのが、突然いなくなって。心の準備もなく、何がなんだかわからない……心がガタガタになりました。

 兄と双子のように仲がよかった姉も、心のバランスを崩し、結婚する予定だった人とうまくいかなくなったり。あのころは、みんなの心が不安定で、家族がバラバラになっていく感じでした

 わが子に先立たれ、深い哀しみに沈む小百合さんには、バラバラになる家族をつなぎとめる気力もなかった。

哲夢の継父である夫とは哀しみを共有することはできません。というより、もともと坂本とは、動物への愛情や扱い方、仕事に対する考え方が大きく離反していき、仮面夫婦だったのです」

 '80年代後半から動物の撮影にもCGが用いられるようになり、小百合さんは、動物プロダクションの仕事に疑問を持つようになった。

「私はやはり動物とのナマのふれあいを大切にし、それを伝える仕事をしたいという思いがあって。それに、スター動物はしょっちゅうお呼びがかかるけれど、人気のない動物はほとんど出番がありません。そういう動物たちにも人とふれあう機会をつくってあげたいと、以前から飼育場で2000坪ほどの小さな動物園もどきをやっていたのです。

 私の関心は次第に動物園事業のほうに傾き、もっと広い場所で動物たちが生涯をまっとうできる環境をつくりたいと、平成元年に、この地で動物園を開いたのです」

 結局、夫とも袂を分かつ。

「会社をやっていると財産分与は大変ですよ。慰謝料をもらうのではなく、こっちがお金を支払った感じですね。前の夫のときもそうでしたけど(笑)。でも、これで私は新たなスタートを切ることができ、気持ちは前向きでした」