機械音声のベテランで30年近くのキャリア
一龍斎さんといえば、知る人ぞ知る機械音声の第一人者。日産自動車のカーナビの音声を長く務め、その実績から今回白羽の矢が立ったという。
「私がこの世界に入ったころはちょうど機械音声の黎明期で、もう30年近いキャリアになります。昔はメモリ容量が少なかったので、多くの言葉を収めることができず、同じ言葉を編集して使い回していく必要がありました。さらにアナログをデジタルに落とし込んでいたので、その過程でどうしても音が劣化してしまう。
音の劣化を防ぐために何が大切かというと、話す人と機械の相性。アナログからデジタルに変えたときあまり変わらない声質というものがあって、どうやら私の声は機械と親和性が高かったようです」
初めて担当した機械音声は留守番電話の応答音で、あまたいる候補者の中からオーディションで見事仕事を勝ち取った。以降機械音声の依頼は増え、いつしか「デジタルの女王」の異名を持つようになる。代表作は、カーナビの音声に、全日空予約案内センターのガイダンス、そしてパロマ給湯器のお知らせ音。
「お風呂が沸きました」のあの声で、日々耳にしている人も多いはず。
「給湯器の音声を収録したのはもう10年以上前のこと。私の中で機械音声はあくまで裏方の仕事だと考えていたので、当初はプロフィールにものせていませんでした。こんなふうにみなさんに喜んでいただけるようになるなんて、全く想像だにしていなかったですね」
声優事務所の養成所を経て、'90年より声のプロとして活動をスタート。機械音声のほかナレーションに定評を得て、『さんまのスーパーからくりTV』『どっちの料理ショー』など人気バラエティーのナレーターも務めてきた。だが自身の中では模索の日々が続いていたと振り返る。
講談との出会いで新たな表現を広げる
「声のお仕事は順調でした。でもどこか物足りなさを感じている自分もいて。もっと自分にしかない表現をしたい、という気持ちがありました。どうしたら表現の幅が広がるだろうと考え、演劇や伝統芸能などさまざまなワークショップに参加しては、何かヒントがないか探っていました」
転機となったのが講談との出会い。現在の師匠である一龍斎貞花の講談セミナーに参加し、入門を決意。声の仕事と並行して講談の修業を始める。キャリア17年目のことだ。
「講談というのは読む話芸なんですよね。読むことだったら私もキャリアがあるし、もしかしたら自分の経験を生かしつつ新たな表現を見つけられるのではないかとピンときて。でも当時は娘もまだ小さく、講談の修業に入ると夜も留守がちになるので難しい。まずは師匠のもとへ稽古に通い、3年後に満を持し正式に入門しました。声のお仕事は持っていたレギュラーだけで当時は新たなレギュラーは入れないなどして講談の修業に集中できるようにしました」
'07年10月、五代目一龍斎貞花に入門。'08年3月に前座となり、'11年10月には二ツ目に昇進。芸名をデビュー以来親しまれてきた原亜弥から一龍斎貞弥に変え、新たなスタートを切った。
講談の話法は修羅場読みといわれ、軍談で武将が激しく戦う姿を息つく間もなく畳み込むように語り上げる。ナレーションの穏やかな響きとはまた違い、凜として力強く、独特の節回しが耳に心地よい。
「やはり声の仕事は講談の役に立ったと思います。それに講談のリズムは読経とどこか似ている気がして、だから修羅場読みも初めから全く違和感がありませんでした。というのも、実家は禅宗のお寺なんです。私自身小さいころから当たり前のように経本を読んできたので、知らず知らずのうちに鍛えられていたのかもしれません」