実は初めてのフジロックでは、舞台裏でこんな屈辱的な経験もしている。最後の出番が23時半に終了。くたくたになったSakuさんが帰り支度をしていると、酔っぱらった有名バンドのボーカル2人が絡んできたという。
「今ここで面白いこと言えよ」
Sakuさんが短いジョークを口にすると、
「全然面白くないな」
そう言って、1人が火のついたロウソクを手に取り、スーツを着たSakuさんの腕に溶けたロウを垂らした。
「リアクション取ってみろよ」
命じられるまま、わざと陳腐なリアクションをすると、2人で大笑いする。
「それだよ。それこそ笑いなんだよ」
去っていく2人の背中を見ながら、「絶対に売れたる!」とSakuさんの心に火がついたそうだ。
「悔しさもあったし、情けなさもあった。でも、あそこで言い返しても負け犬の遠吠えになるのはわかっていたし。それまで僕らの仕事はいい作品をつくって世に出すことだと思っていて。売れるという目標を持つことには懐疑的だったけど、売れなければ、あいつらに何も言えないじゃないですか」
恩師はデーブ・スペクター
シカゴで暮らすSakuさんの日課は社会で何が起きているのかを知ること。ニュース番組はリベラル、保守と両サイドの局をチェック。『ニューヨーク・タイムズ』などアメリカの新聞を5紙、日本の新聞を3紙読んでいる。
「英語の長い文章をワアーッと読んで、最後に剃刀の宣伝だとわかったことも(笑)。朝6時に読み始めて11時までかかることもあります。
まじめというか、スベったときに、ああ、あれやらなかったからだと思うと、すごく嫌になっちゃう。でも、やるだけやってあかんかったら、もう、お酒飲もうって(笑)」
そもそもアメリカでスタンダップコメディアンになるのはどれだけ難しいのか。Sakuさんが恩師と慕い、今では毎日のようにメールで連絡を取り合うテレビプロデューサーのデーブ・スペクターさんによると、日本の芸能界とはシステムも違うのだという。
「日本のお笑い芸人はみんなどこかのプロダクションに所属していて、大変失礼な言い方だけど、面白くなくても、愛嬌と事務所の力があればやっていけます(笑)。
テレビにも出してもらえるし、先輩がいじってくれる。でも、アメリカでは100パーセント実力です。下積みから始めて人脈も全部自分でつくっていく。非常に孤独で大変ですよ。大体、家族に反対されますから」