海外で財布をすられて路上で歌う
そして迎えた高校野球、最後の夏──。都大会で第1シード校と戦い敗退……。1週間後には頭を切り替えた。
「大学野球で全国大会を目指そう」
1年浪人して大阪大学文学部に合格。野球部に入り、すぐレギュラーになったものの、ひじの故障もあり、1年たたずにやめてしまう。
「親父には申し訳ないなと思いましたよ。どんなことがあっても逃げるなとずっと言われてきたので。だけど、目の前にやりたいことがいっぱいあったので、“やーめよ”と(笑)。もともと劇作家か批評家になりたくて文学部に入ったんですよ」
5週間のイギリス語学研修に参加したときのこと。2日目に地下鉄で財布をすられてしまう。「お金を稼ごう」と手元にあった最後の36ポンドで買ったのはなんと中古のギター。街に出て歌うと24ポンド集まったそうだ。
肝心の英語は、文法の間違いを気にして話せずにいる自分に直面。悔しくて帰国後に徹底的に英語力を磨いたことが、後に役立った。
「演劇学・音楽学」の研究室に所属し、教授や学生たちとドイツでブレヒトを上演。主要な役をもらい、演じる楽しさに目覚めたという。
NYへ! 片言の英語で腕試し
人生を変える出会いがあったのは、大学2年生の冬。たまたまつけていたテレビ番組『笑ってコラえて!』で、ニューヨークで活躍する日本人スタンダップコメディアンのRio Koikeさんを目にする。人種も年齢も異なるさまざまな聴衆を笑いに引き込んでいく姿に、心をわしづかみにされた。
「これや!」
FacebookでRioさんに《僕もスタンダップコメディをやりたいです。今からそちらへ飛びます》とメッセージを送り、翌日、関西空港に向かった。
「自分で脚本を書いて、演出して、自分で演じる。皆でつくる演劇と違い、1人で完結できるというのが衝撃でしたね。全部自分でやっていいの? 楽しい!って」
格安チケットで上海、サンフランシスコを経由し70時間かけて現地に到着。Rioさんに会うと、こう言われたそうだ。
「連絡をくれるヤツはいっぱいいるけど、実際に来たのは君が始めてだよ」
Sakuさんはスタンダップコメディの劇場をアポなしで次々訪ね、「ネタをやらせてほしい」と頼んだが──。
「1軒目でめげましたよ。もう日本に帰ろうって(笑)。でも、何度も断られていると、慣れてくるんですよね。
そうしたら何軒目かで、オープンマイクという誰でも参加できるイベントがあるからサインアップ(申し込み)しろと。“うわー、本当にやっちゃった。いいのかなー”という感じでしたね」
オープンマイクには全米各地からコメディアンやアマチュアが腕試しにやってくる。1人に与えられる時間は4分。Sakuさんは長いフライト中に考えた、日本の満員電車で乗客を押す駅員のネタを無我夢中で話した。
「これがウケたんです。聞いていたほかのコメディアンたちが“よくやったねー”とねぎらってくれて。当時は今より英語は片言だったけど、伝えようとするエネルギーがあったんですかね」
翌日、シカゴに飛んだ。シカゴには有名コメディアンを輩出した「セカンド・シティ」という老舗劇場がある。シカゴから来ていた女性コメディアンに、そこのオープンマイクに参加しないかと誘われたのだ。
帰国するとすぐ、面識がなかったデーブさんに長文の手紙を出した。シカゴ出身のデーブさんは日本に来る前、コメディアンとして「セカンド・シティ」の舞台に立ったことがある。どうしても自分の決意を伝えたくて、一方的にこう書いた。
《僕はアメリカでコメディアンとして必ず成功します。“逆デーブ・スペクター”になりたいんです》