元利用者に殺害された施設長の死
早川さんが年齢制限の撤廃にこだわってきたのは、ほかにも理由がある。
2019年2月25日、東京・渋谷で凄惨な事件が起きた。都内にある児童養護施設の施設長、大森信也さん(享年46)が勤務中に、20代の男性に刺殺されたのだ。
衝撃的なことに、逮捕された青年は、大森さんが支援をしてきた施設の元利用者だった。早川さんは大森さんとは親友の間柄。事件の数日前にも酒を酌み交わしていた。
「酒の席でも大森さんは加害者の青年の話をしていました。“精神を病んでいるから入院して、きちんと治療してもらう必要があると思うんだよね”と」
大森さんは青年が施設を退所した後も、4年にわたって連絡を取り続け、就職斡旋や住まいの確保などの支援を行っていた。
「その青年は高校生になってから施設へ入所し、18歳で退所した。だから大森さんも心配して連絡を取り続けていたんですが、もし今のように制度が充実していたら……」
青年は「心神喪失」を理由に不起訴処分となった。
「でも、加害者を厳罰にしろという声はなく、同情論もあったほど。罪は罪だけど“なぜ事件を防げなかったのか”という声が圧倒的でした」
それ以来、早川さんは年齢制限の撤廃に、より尽力するようになったという。
未来を描けるロールモデルの存在
『子供の家』で暮らす入所者たちは、将来をどう思い描いているのだろうか。意外にも早川さんは、子どもたちに「進学しなさい」とは言わない。
「ただ、進学するならこんな奨学金があるとか、こういう学校もある。この学校に行くと、こうした資格が取れるなどの情報は伝えます。特別に進学指導をしなくても、子どもたちは自分で決めて進学していきます。というのは実際に、施設に大学生や専門学校生の入所者がいるからです」
周囲の環境の影響は大きい。一般の家庭でも両親が大学を出ていたり、きょうだいが進学したりすると、次は自分も、と子どもは思うことだろう。厚労省の統計では、児童養護施設に通う高校生のうち、卒業後に大学や専門学校等へ進学するケースは約3割。一方で同世代の約7~8割は進学している。
早川さんが言う。
「現に多くの施設では、高校を卒業したら就職して、自立しないといけないと先輩の入所者から言われます。進学するというイメージを持てないのです」
だからこそ、身近にいて子どもたちの規範となる「ロールモデル」の存在は大きい。
『子供の家』の自立支援コーディネーターで、社会福祉士の角能秀美さん(38)はこう話す。
「進学は当たり前になっていますね。大学などへ進学する場合、学校選びは大変です。中退するケースもあるので、通い続けられることが大切。学費は返済義務のない給付型奨学金を複数から借りて工面します。奨学金申請のためのリポートを本人と一緒になって書くこともありますよ」
数年前、『子供の家』の入所者で「医学部に行きたい」という子どもが現れた。早川さんが動機を聞くと、「社会的なステータスを手に入れて、見返してやりたい」と言ったそうだ。
「お医者さんは、心身共に弱っている患者さんをどう支えていくかという仕事。誰かを見下すための職業じゃないんだと諭しました。その子は結局、心理学部に進学しました。同じような感じで、ほかにも医学部を希望する子は時々いますね」
また『子供の家』では進学するにあたり、子どもと一緒に「資金のシミュレート」を行っている。
「学費と生活費で、大学4年間でいくらかかるのか。短大や専門学校の2年間だと、どうなのか。アルバイトを何時間しなきゃならないか等々、長期的な資金のシミュレートをしてみます。具体的にイメージを抱くことが重要です」
そうして進路を選択したひとりが、大澤春美さん(仮名=21)。高校2年のときに『子供の家』にやってきた。以来、4年ほどここで暮らしている。
「医療系の専門学校に進学して、現在は就職して働いています。
私は親との関係が壊れてここに来たんですが、まるで天国でしたね。自分の部屋もあるし、小さい子たちはかわいいし。無償の奨学金を借りて進学もできました。そんな情報を教えてもらえたのも、うれしかったですね」
しかし、そろそろ独立をしなければならない。
「そうなんですよね。ここが居心地よすぎて。困っているんですよ(笑)」