「こんなに恐ろしい番組はない」
約200人ほどに絞られると、出場候補者たちを集めて放送前日に予選会が行われる。本番と同じ会場で、1人1分ほど生バンドの演奏に合わせ、歌を披露する。
その後、中村プロデューサーをはじめとしたスタッフ陣が、あらためて出場動機などについて取材をするそうだ。
「こんなに面白い人がいる、こんなに歌がうまい人がいる、こんなにすてきなエピソードをお持ちの人がいる……、制作者として明日の本番で全国に届けたいと思えるかどうかがポイントです」
『のど自慢』を見ていると、時々クセが強めな参加者が登場するが、熱量が高いか否かも重要なジャッジの要素になると中村プロデューサーは明かす。
「ゲストとオープニング、街の紹介こそフォーマットとして決まっているものの、主役である参加者18人が決定するのは前日の夜。
予選会は本番以上に体力を使うし、目まぐるしいです。器こそ決まっていますが、中身はわからない。毎回、制作しながら“こんなに恐ろしい番組はない”と思っています(笑)」
出場者が決まると、歌唱順を決めていくそうだ。実は、ここにものど自慢の哲学があるといい、中村プロデューサーは「NHKマンにとって学ぶことがたくさんある番組」と話す。
「毎回、会場となるNHKの地域局の若手ディレクターが中心になって歌唱順を考えます。出場者の皆さんは一生に一度の経験になる可能性が高い。そうした思いに加え、地方局と実施自治体との共同開催ですから、地元のPRという側面もあります。どんな歌唱順がもっとも盛り上がるか、演出や美術面も考慮しながら作り上げていきます」
後に、音楽番組だけではなく、報道やドキュメンタリーを手がけるようになるディレクターたちでさえ、「若いころに『のど自慢』を経験したことが基礎になった」と振り返ることが多いそうだ。
参加者だけではなく、番組にかかわるスタッフにとっても大きな財産になる。お祭りのような『のど自慢』ならではの“ハレ感”は、こうした一体感があるからこそだという。
「本選に出た皆さんは、収録が終わると連絡先を交換し、2か月に1度くらい同窓会を開くことが珍しくありません。熱狂の45分を過ごすことで、皆さん、仲間になってしまう。中には、『のど自慢』で出会って結婚された方もいるくらいです」
個性あふれるさまざまな参加者が歌を披露し、仲間になる。まさにヒューマンドラマだろう。
一方で、審査に関しては「純粋に歌のうまさだけで鐘(チューブラーベル)を鳴らしています」と付言する。ということは、音楽の専門家のような方がいるのだろうか? そう尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
「私を含め、NHKの管理職の人間が4人で審査しています。私は音楽番組一筋30年なので、毎回譜面を読みながら、“いまフラットしたな”という具合に判断しています」
まさかプロデューサー自ら譜面を見ながら審査していたとは!余談だが、『のど自慢』のプロデューサーには音楽的な素養が求められるということでもある。
「歌唱力のスキルを重視しつつ、なるべく皆さんの感覚とズレないようにしています。それでも、視聴者の方から“今のは鐘3つでしょ!?”といったお叱りを受けることもあります(苦笑)。
デジタルではなく人間の判断で審査していくことに対しては、こだわりを持って続けていきたい」
サッカーのVARよろしく、デジタルなジャッジは、時に“余白”の醍醐味(だいごみ)を埋めてしまう。参加者が真剣に歌うからこそ、審査する側も真剣に聴かなければいけないというわけだ。のど自慢は、われわれが想像していた以上にアナログかつ人力なコンテンツだった。