穏やかに過ごす母の姿に安堵
その後、お父さんは他界し、つちやさんが月数回手伝いに行くほかは、お兄さんが1人で面倒を見ることに。
「認知症の症状が進んで兄の負担はかなり増していたため、グループホームへの入所を提案したんです。
24時間体制でスタッフさんが見てくれるので、自由に行動できて母にとってもいいなと思いました。家では危険を防ぐために、料理や裁縫など好きなこともやらせないようにしていたので」
認知症の患者さんは、施設に預けたほうが安全で、自由にいきいきと過ごせるケースが多い、とつちやさん。しかし入居が決まってホッとすると同時に、兄の反対を押し切って預けたことに強い後悔を感じるようになる。
「入居直後は1か月、面会禁止で、その間にスタッフさんから、お母さまが帰る身支度をしはじめて……と電話で聞いたりしてつらかったですね」
施設に入れてよかったのはわかっている。それでも葛藤が生じるのは、大切な家族だからこそ。
「相手を心の底から思っていたら、預けることにやっぱり抵抗を感じると思います。でも症状が進んでから1人だけで安全に介護するのは難しいし、看ている側も壊れてしまいかねない。家庭内できちんと役割分担できるならいいんですが」
大切な親を施設に入れることに迷ったら、申し訳ないという気持ちは一度吹っ切って現実的に判断することが大切だという。
「母は少しすると、ホームで張り切って料理などを手伝っていると聞いて少しホッとしました。症状は進行していきましたが、少しでも穏やかに過ごせるようになった母を見て、預けてよかったんだって心から思えるように」
また、お母さんを見て、音楽の不思議な力を感じたというつちやさん。
「母はホームでよく歌を歌っていました。私の名前を忘れても、私のデビュー曲や自分が好きだった曲は歌詞まで全部覚えていて、最後まで歌えたんです。認知症になっても音楽の能力は残りやすいといわれていますが、スタッフさんも驚くぐらいでした」
最後の2年はつちやさんが娘であることもわからなくなっていく。
「1回でいいから、また『かおちゃん』と呼んでほしい、と寂しさが込み上げてくることもありました。でも、帰り際に私の手をぎゅっと握って離さないんです。他の人にはしないので、どこかで私のことを大切な人だと思ってくれているのかなって。そのうちに、母が穏やかに過ごせていることが私の喜びだと思えるようになっていきました」