「必要」とする人と「必須」でない人の棲み分け
「電車で駅員さんの介助を受けて乗るとき、車椅子の人が2人いたら1つのスロープを使って、一緒に同じ電車に乗ることが多いです。
制度としては当然かも知れないけど、所作を見ていると“やってもらって当然”という感じだったり、お礼も言わない、駅員さんが“大丈夫ですか?”と声をかけてくれたのに、“うるせぇ”と言った人を見たことがあるので……。“当然と思うな”という声がたくさん上がるということは、そう思わせてしまう障害者も多いのではないかと思います」
今後、車椅子をめぐる環境、そして社会をどうしていきたい、どうなってほしいと考えるのか。
「国土交通省にエレベーターしか手段のない人や必要な人のために適切な優先利用のためのシンボルマークの拡大を求めています。それによって今よりたくさんの人がこの現状を把握し、自然な譲り合いが行われ、“本来必要とする人”と“必須ではない人”との合理的な住み分けを定着させたいです。
※さしみちゃん発起人のシンボルマーク拡大のための署名サイトはこちら
交通弱者からの声かけが必須かつ、声をかけても無視される・嫌がらせに合う世の中ではなく、他の手段が使える人は極力エレベーターを使わない、居合わせた場合は自然に譲るというような世の中に変わっていってほしいです。
こういった話題は障害者だけが声を上げているとどうしても角が立ってしまうというか、ヘイトも集まりやすいので、社会全体の大きな動きになってほしいと思います。それによって、いろんな人が将来、身体が不自由になったときとか、お年寄りが増えていく社会の中で、もっと暮らしやすい世の中になると思っています」
健常者でも障害者でも、“明日の命”に保証がある人間は誰もいない。事故や病気、老いによる症状……。車椅子での生活や何らかの障害が生じることは誰にでも可能性がある。
ゆえに、この問題は社会生活を送るすべての者に“関係”があるはずだ。