母親は児童養護施設で生活する娘を迎えに訪れた。駆け寄る娘をギュッと抱きしめていたその手は、我が子を絞め殺すために使われた――。
「娘の顔は赤紫色で、口を大きく開けていました。何かを叫んで、何かを訴えているような表情に見えました。柔らかい紐のようなもので、十数分にわたって首を絞めて殺害されたそうです。それだけ長い時間をかけたのに、どうして我に返らなかったのか」
「統合失調症」と診断された母親
そう話すのは、亡くなった千葉愛実(めぐみ、享年9)さんの実父である阿部康祐(やすまさ、50)さんだ。
事件は2016年6月、秋田県秋田市で起こった。愛実さんの母親であるY子は、自宅アパートで無理心中を図り、施設から一時帰宅中だった娘の首を絞めて殺害したのだ。
Y子は殺人容疑で逮捕されたが、秋田地裁は心神耗弱を認定し懲役4年の実刑判決を下した。しかし、Y子は判決を不服として控訴。最高裁まで争ったが、2018年に刑が確定した。
「たったの4年……軽すぎますよ。裁判では“覚えてない”“わからない”ばかりで謝罪の言葉はありませんでした。Y子の服役後には、刑務所での様子を通知してもらう制度を利用しましたが、生活態度はいつも5段階中の最低評価。説明には《反抗的》などと書かれていました。他責的な人間ですから、反省していないはずです。すでに出所をしていますが、Y子に会ったら、取り返しのつかないことをしてしまいそうで……。今も彼女を許せないんです」(阿部さん、以下同)
その心中に渦巻くのは、Y子への怒りだけではない。2019年、行政の対応に落ち度があったため愛実さんが殺害されたとして、阿部さんは秋田県などを相手取り、約8000万円の損害賠償を求める裁判を提訴した。
「行政がしっかりと連携していれば、救えた命だったはずです。それなのに行政間で情報共有がなされず、対応を誤った。Y子は生活保護を受給していましたが、ケースワーカーは、Y子に娘がいることを知らなかったそうです。ありえないことが、いくつも起こっていたんです」
しかし、秋田地裁は4月14日に阿部さんの請求を退ける判決を下した。これを受け、阿部さんは即日控訴している。本当に行政の対応に問題はなかったのか。一家に何が起こったのか。時を遡る。
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2002年、6年間の交際を経て阿部さんとY子は入籍。秋田県大仙市に居を構えた。幸せな新婚生活が待っているはずだった……。
「結婚してほどなくしてY子が“私は何かしらの精神疾患を患っている”と訴え、いくつもの精神病院を受診して回るようになりました。最終的に『統合失調症』と診断され、Y子も納得した様子でした」