「地元の小・中学校を卒業後、このあたりでは優秀な県立高校に進学しました。勉強はできたんです」(同・知人)
小・中学校の同級生は、青木容疑者の印象をこう話す。
「いつも1人で友達はいなかったような印象です。同じクラスでしたけど、一緒に遊んだこともありません。部活は野球部に入っていたから、仲間はいたと思うけど……」
孤独な学生生活「友達はいなかった」
高校の同級生もこう話す。
「物静かで、自分の世界観を持っている独特な人でした。あまり友達はいなかったと思います。とにかく誰かと話しているというイメージがまったくないので」
聞こえてくるのは孤独な学生生活ばかり。高校卒業後は、東京の大学へと進学するも、ここから青木容疑者の人生に、暗い影が差す。
「どうも、政憲は都会の生活になじめなかったようで、あるときお母さんが“大学をやめるならやめる、残るなら残る。ちゃんとお父さんと話し合いなさいと政憲に伝えたんです”と話していました。いろいろ話し合ったのでしょうが、結局は大学をやめてしまった。それで、政憲は家業の果樹園を手伝うようになったんです。果樹園には『マサノリ園』と政憲の名前をつけて、後を継がせた。ただ、帰ってきてから様子がおかしいんです。会ってもあいさつをしないし、ボーッとして。何かの病気なのかと思っていました」(前出・知人、以下同)
両親も、長男の変化をさぞ心配したのだろう。息子を熱心にサポートしていた。
「正道さんは、政憲のため昨年市内にジェラート店をオープンさせたんです。繁盛していましたけど、お店のことはお母さんが中心になって切り盛りしていました。政憲が経営していることになっていますが、様子も変だしとても彼にはできなかったのでしょう。帰ってきた当初は地域の消防団や祭りの保存会にも参加していましたが、何年か前から姿を見なくなりました。地域にもなじめていなかった」