30歳下のスタッフへの思い
現在、『A Day~』には3人の「曜日スタッフ」や、数人のアルバイトのほかに、伏見の手足となって切り盛りする店長の「こうき」がいる。
1993年生まれのこうきが、初めて伏見と言葉を交わしたのは10年前。スタッフの1人に誘われ、店を訪れたときだった。
こうきの、伏見に対する第一印象は「オネエなおばさん」だったが、今、こうきにとって伏見は「大切な人」に変わっている。
「以前、高熱が出て、歩けないくらい具合が悪くなったことがあったんです。そのとき伏見さんがすごく心配して、“病院までついていってあげようか?”と言ってくれて。両親から虐待されて育った僕は子どものころから、おばあちゃん以外の人に心配されることがなかったので、とてもうれしかったし、“親ってこういう感じなのかな”“僕が今、伏見さんに対して抱いている気持ちは本来、人が親に対して抱く感情なのかな”と思いました」
自分が虐待児だと気づいたのも伏見と出会ってからだった。過酷な幼少期について淡々と語りつつ、魂の叫びにも似た強烈な絵を描くこうきに、伏見や中村うさぎは強い関心を抱いた。そして、クラウドファンディングで費用を募り、こうきに自らの被虐待体験を描く絵本を出版させた。
店でさまざまな客と接する中で、こうきは自分の内面と向き合い、自分の将来についても考えられるようになった。また、伏見はこうきに中国語を学ぶことをすすめ、家庭教師の費用や台湾への短期留学の費用も、すべて伏見が負担したという。
こうきとの関係性について、伏見は次のように語る。
「年齢を重ねるにつれ、子どもや老親、ペットなど『社会的に立場が弱い存在や傷つきやすい存在』と関わっていくことは、人間にとって必要ではないかと感じるようになった。『誰かのために生きる』といった高尚なことではなく、そうした存在がいることで、自分も承認されていると感じられるし、心が安定するんだよね。ただ、僕自身は子どもを持ちたいとも養子を迎えたいとも思ったことはない。今、勝手に“こうきの烏帽子親”と名乗っているけど、ちょっと距離があるくらいの関係性がちょうどいいかなと思っている」
一方で、伏見は「僕の勝手な思いでお節介を焼いて、こうきに申し訳ないと思っている。このゲームは彼が“やめた”と言ったら終えるつもりだ」とも語るが、こうき自身は伏見のそうした愛情を、特に重いと感じたことはないらしい。
そんな伏見とこうきについて、真紀ママは語る。
「こうきくんのことは、お店に入ったときから見ているけど、ずいぶん大人になったなと感じます。周りの人のことを考えられるようになったし、今ではこうきくんがいないと店が回らないくらいよく働いています。
伏見さんが素敵だと思うのは、今まで人から裏切られたり、つらい目に遭わされたりしたこともあるのに、それでも人を信用しているところですね。あれだけ賢い人が、損得勘定もなしに、他人のために行動できるのはすごいこと。お金に執着もないし、名誉欲もない。とても純粋な人だと思います」
しかし伏見は、「先のことを考えるとつらくなる」と笑う。
「エフメゾのころは週一だったから、お客さんがたくさん来てくれたし、経理もやらなくてよかったし、みんな若くて元気だった。でも、いざお店を出したら、開店3日目には客が7人に。そこからは苦難の歴史」
なお、若者の文化や流行を知ったり、恋愛模様を眺めたりすることができるのも、店を開いてよかったことのひとつだと伏見は言う。
「コロナ禍の反動か、最近、うちの店で恋愛が盛り上がっている。おかげで店が活気づいてありがたいです。僕自身はもう、恋愛感情で揺れ動いたりするのは嫌だけど(笑)」