“頭の中にでんでん虫が2匹すんでいる”
毎週金曜日、松村はニッポン放送にいる。
この日も、中山秀征、山田雅人、ウド鈴木、掛布雅之、坂田三吉、安倍晋三、立川談志─古今東西のものまねを速射砲のように浴びせ、向かい合って座る高田文夫さんを笑わせる。松村が『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』の金曜レギュラーに抜擢されてから、30年の月日がたとうとしている。
この間、松村は'09年に心肺停止を、高田さんは'12年に同じく心肺停止を経験した。高田さんは、
「やっぱり、たけし、高田、松村は、一度死んでいるから、もう何も怖くないね。合言葉は、『私のハートはストップモーション』」
歌手の桑江知子さんの代表曲を挙げて、冗談めかして笑う。30年以上交流を持ち、くしくも死の淵をさまよった仲。高田さんには、松村邦洋という人間がどのように見えているのだろうか?
「なにしろ、あいつの頭の中には、でんでん虫が2匹すんでいるので、何を言ってもダメ。放っておくのがいちばん」
でんでん虫が2匹すんでいる─。高田さんの言葉を聞いて、妙に納得した。
「『阪神』『大河』を極めたので、そのうちまた何かを見つけて深くこだわり続けるのでしょう。あるときは天才に見え、あるときは本物のバカに見える。私の葬式のとき、『バウバウ』をやってくれ」(高田さん)
松村は、高田さんのことを人生の師のように仰ぐ。
「古今の演芸についてもそうですし、『高田文夫のさんぽ会』で街を散策しているときも、いろいろなことを教えてくださいます。挨拶や礼儀が大切だということも、高田先生から教えていただいたこと。“挨拶にスランプなし”ですから」
挨拶の大事さを説くとともに、運についても一家言を持つ。
「僕は、我慢すれば、『運のポイントが貯まる』と考えるようにしています。人生は、いいことばかりではありませんから、ポイントカードのように運を貯めていかないといけない」
決して運だけではないだろう。実力がなければ、生き馬の目を抜く芸能界で35周年を迎えることはできない。盟友だった上島竜兵さんをはじめ、'90年代を共に過ごした芸人仲間たちは、泉下の人になってしまった。
「春一番さん、竜兵さん、(笑福亭)笑瓶さん、やっぱり寂しいですよね。寿命の寿は『ことぶき』と書くけど、そんなもんじゃないですよね。生きることが大事だと思います。売れるとか売れないとかは、その次でいい。死んじゃいけません」
生きていくためには何が大切だと思うか。松村に問うと─。
「驚くことだと思います。僕のものまねの原点って、自分が衝撃を受けたり、驚いたことがきっかけになっている。阪神タイガースが好きになったのも、大河ドラマが好きになったのも、『驚き』があったからです。驚きがあると、夢中になれる」
散歩が好きなのも、健康のためというよりも、「知らないものに出合える驚きがあるから。驚きは学びにもなる」と笑う。
「僕の人生は、恩人だらけです。出会いによって、今があります。出会ったときに、まずは話してみることです。出会いって障害物レースみたいなところがあって、合わない人や悪い人は、次から避ければいいんです。自分にとって大事な人とだけ付き合えばいいと思う。
それを見極めるためにも、やっぱり話してみないとわからないですよね」
取材中、「今後、こんなことをしてみたい─といった目標、野望はありますか?」と尋ねた。すると松村は、しばらく考え込んで、「もう少しやせたいですね」と語り出した。「ものまねの集大成ではないですが、単独ライブのようなことをしてみたい」といった答えを期待していたこちらの予想は、あっけなく裏切られた。
「(やせるには)散歩で身体を動かすしかないですね。僕は、水を飲んで歩いて、透明のおしっこをするのが好きなんですよ。あまりに水を飲むものだから、トイレに行く回数が増えちゃって。ニッポン放送で福山雅治さんと会うときは、いつもトイレでしたね。『“トイレの神様”って、松村さんのことだったんですねぇ』って、あの声で言われたこともありましたねぇ」
さっきまであんなにいい話をしていたのに、数分後には透明のおしっこの話をしている。松村邦洋の頭の中には、でんでん虫が2匹すんでいる。しかし、その独自の世界に、私たちはこれからも翻弄され、笑わせ続けられるのだろう。
取材・文/我妻弘崇