昭和の歌謡曲とは違うシティ・ポップの楽曲は、今改めて聴き直しても新鮮だ。
「憧れの洋楽に少しでも近づこうと奮闘して、気づいたら違う進化をしていたという感じ。洋楽のメロディーをお手本に、日本語という表現方法をのせたら融合する瞬間があったんです。海外の文化をもとに日本ならではの進化をした結果、本物とは違うものになった。例えるなら、カレーやラーメン。インドのカレーとは違うけど、日本のカレーっておいしいじゃないですか。それがシティ・ポップなんじゃないかな(笑)」
『ウイスキーが、お好きでしょ』はウケないと思っていた
シティ・ポップを代表するポップ・メロディー・メーカーとして知られ、これまで数多の楽曲を世に送り出してきた。自身の楽曲は300曲以上、提供曲を合わせると実に700以上の楽曲を手がけている。驚異的な数に思えるが、
「CMを合わせるともっと多いかもしれません。そう考えるとすごいですね」
と軽やかに笑う。絶えず楽曲を生み出し続ける、そのモチベーションはどこにあるのだろう。
「いつも僕は曲を作るとき、その曲に恋をするんです。この曲が僕の中で代表作だというような気持ちで作る。これが最後の曲でもいいやっていう気持ちになるんです。だからもう全精力を注いじゃう」
杉の代表的なCMソングといえば、『ウイスキーが、お好きでしょ』。ところが─。
「あの曲には当初、恋してなかったんですよね……」
と意外なセリフ。
「当時はウイスキーを飲む人がほとんどいない時代でした。だから“この曲はウイスキーと一緒に埋もれていくんだろうな”と思いながら作っていました。みんなにはウケないだろうなと思っていたんです。だって、ウイスキーなんて誰も見向きもしない時代に、“ウイスキーが、お好きでしょ”ですよ(笑)」
歌手は石川さゆりで、“ウイスキーが、お好きでしょ”のフレーズはすでに決まっていた。ジャズっぽい曲を、というリクエストのもと、ジュリー・ロンドンの『クライ・ミー・ア・リヴァー』をイメージして書き上げている。
「スタッフさんたちの反応は、“ちょっと暗いんじゃない?”というもの。でも名物ディレクターの大森昭男さんが、“私が責任を持ちますから”と採用してくださって。いざCMが流れ出すと、ハイボールと共にウイスキー人気が復活した。みんなが歌ってくれるようになって、あの反響には僕自身驚かされました。後になって僕もあの曲に恋をし直した感じです(笑)」
松田聖子に山口百恵、堀ちえみ、早見優、竹内まりや─。楽曲を提供してきたアーティストは多岐にわたり、その引き出しの多さに圧倒される。
「自分が歌うとなると変に構えてしまうけど、提供曲はある意味、無責任で自由になれるところがあって。その人に合った曲を作りたいけど、ほかの人と同じことはしたくない。その人にとっての初挑戦になることを何かしら入れたい、という気持ちが常にあります」