脳梗塞、失語症になり名前すらわからない

 清水さんが受けた手術は、カテーテルを挿入して動脈瘤を塞(ふさ)ぐ「コイル塞栓術(そくせんじゅつ)」。手術でわかったのが、くも膜下出血とはまったく別の場所で脳梗塞になっていたことだ。

「脳梗塞で左脳の4分の1が壊死して、同時に『話す・聞く・読む・書く』機能が損なわれる失語症に。集中治療室で3日間眠り続けて目を覚ますと、『お母さん』『わかんない』の2語しか話せなくなっていたのです」

 名前も数字も時間もわからない。話したいこと、伝えたいことは心の中にあるのに、言葉にすると『お母さん』『わかんない』に変換されてしまう……。

 右手もまひして指を曲げる動きができず、握力もほぼない。そんな状況にもかかわらず、清水さんだけでなく家族も悲観的になることはなかった。

「失語症の症状は重篤でしたが、絶望することはありませんでした。今までやりたいことを夢中でやってきたんだし、仕方ないかなと。私が何を話しても『お母さん』を連発するので、夫や息子、娘もおかしくて笑っていました」

 その後、リハビリ病院へ転院。発声や聴覚、日常生活のトレーニング、手足や体幹の回復を促すリハビリに取り組んだ。

通っていた治療院では天井から下がったロープに手足をのせ、筋力を強化するリハビリも行った。「まひしていた右手の握力は3か月で2倍に」 ※写真は清水さんではありません 写真提供/文藝春秋
通っていた治療院では天井から下がったロープに手足をのせ、筋力を強化するリハビリも行った。「まひしていた右手の握力は3か月で2倍に」 ※写真は清水さんではありません 写真提供/文藝春秋
【写真】左脳の1/4が壊死、なにもできなかった清水さんが書いた最近の文字

「『雨』『犬』など絵を見て単語を読んだり書いたりするのですが、『雨』だったら『あ』と『め』の2つの音があり、頭の中でそれが分断されている感じなんです。最初は全然できなくて、簡単な単語を読み書きするのが難しいパズルのようでした。

 お風呂に入りたいときも『お風呂』という言葉が出なくて、指をさして『ここに行きたい!』と身振り手振りで訴えました」

 自分の名前と住所や1~10までの数字を書く練習、服の脱ぎ着やお風呂に入る訓練などを続け、退院。自宅に戻ってからは家族とのコミュニケーションがリハビリになり、医師も驚くほどのスピードで回復した。

「うちはみんなよくしゃべるので、日常会話で単語を覚え、子どもたちにも手伝ってもらいました。例えば私の言いたいことが『たこ足配線』だとわかったときには単語をノートに書いてくれたりして、教える側と教わる側が完全に逆転しました。

 特に娘は、『歯ブラシはこう動かしたほうがいいよ』とか、『中指が動いていないからこうしたほうがいい』とか指摘が的確。リハビリの先生のようでしたね」