朝、お互い仕事から解放されたときに待ち合わせをして、一緒に映画を観に行ったことすらある。中には、互いの会社の悪口も言い合えるほどの信頼感で結ばれた相手もいた。会社側も夜勤は常に人手不足なので、金銭面でも優遇してくれた。

 弊害を強いて言えば、昼間に無理やり眠らないといけないので、厚手のカーテンを買わないと陽の光が部屋に入って、どうしても眠れないことだろうか。

 夜勤が終わると早朝必ず、溜池山王の某牛丼チェーンで、牛丼大盛りを食べていたのも懐かしい。牛丼屋の夜勤もだいたい同じメンツで、通ううちにだんだん店員と顔なじみになっていく。信じられないくらいのつゆだく、玉ねぎ多めのサービスをしてくれたりもした。

 その店は外国人のアルバイトが多かったが、一人だけ日本人の男性がいた。僕がまだ三十代前半くらいのときに、彼は五十代くらいには見えた。

「お疲れで~す」と言って僕が席に着くと、「はい、お疲れ~い」と自分の居酒屋かなにかのように、慣れた感じでお冷やを置いてくれる。その夜にあった仕事についてのいろいろを、牛丼を食べながら話したり、聞いたりもしていた。

「仕事仲間」というのは普通、同じ社内の先輩後輩やクライアントのことを指すと思うが、「夜勤仲間」という括(くく)りも、世の中には存在することを、朝キャバに行ってみて、久々に思い出した。

 あの牛丼屋の男性との最後は、いまでも憶(おぼ)えている。いつものように夜勤終わり、僕は腹を空かせてその店に行く。自動ドアが開くと、大きな怒号が突然聞こえてきて、思わず厨房のほうを覗いてみた。

 店内には僕ひとり。厨房の奥で、外国人のアルバイト長のような男性が、流暢な日本語で、彼のことを叱っている真っ最中だった。外国人の男性のほうは、まだ二十代くらいに見えた。

 しばらく怒号はつづき、僕の存在に気づいて、一度止(や)む。そして俯(うつむ)いた彼が厨房から出てきて、僕の前にお冷やを無言で置くと、チケットを取って、「しばらくお待ちください……」とだけ言った。

 僕たち「夜勤仲間」が、実際は「下請け雇われ仲間」だという現実を提示されたような気がして、自分のことのように落ち込んでしまったことを憶えている。

 次にその店に行ったとき、もう彼の姿はどこにもなかった。同じ空の下、一緒に夜を越えた仲間は、同じ仕事じゃなくても、どこか同志の匂いがした。目の前で薄い水割りを作り始めた朝キャバ嬢を眺めながら、もう名前も忘れてしまった彼らのことをぼんやりと思い出していた。

燃え殻さん 取材協力/出窓BayWindow
燃え殻さん 取材協力/出窓BayWindow
すべての写真を見る

燃え殻(もえがら)●1973(昭和48)年、神奈川県横浜市生まれ。2017(平成29)年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化、エッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、映像化、舞台化が相次ぐ。著書は小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルー ハワイ』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』など多数。

『BEFORE DAWN』J-WAVE(81.3FM)
毎週火曜日 26:00〜27:00放送
​公式サイトhttps://www.j-wave.co.jp/original/beforedawn/
※本連載の一部を燃え殻さんが朗読するコラボ企画を実施中