時代の気分が物語に息づいている

 小説でも映画でも、川村さんが手がけたものは、必ずといっていいほど話題になる。時代の気分をつかむのが的確だからだろう。

「谷川俊太郎さんに“集合的無意識”という言葉を教えてもらいました。これは、人間が共通して感じる無意識のこと。みんなが感じているけど、まだ言葉になっていないもの、それを物語にしたいという思いはあります。SNSはうんざりだけど止められないというのは、僕の気分だけど、みなさんもあると思う。その気分を物語にして出したときに、“ほんそれ(本当にそれだ)”と感じる人がいるとうれしいですね」

 小説、映画、アニメなどいくつもの表現手段を、どう使い分けているのだろうか。

「集団的無意識にあるものを表現したいというのは、同じです。ひとりで深く潜りたいなら小説、皆で高みに至りたいなら映画など、物語によって手法を変えます」

『私の馬』は、小説がふさわしい。

「文章のリズム感やページをめくるタイミングなど、音楽を聴くように読んでほしいと工夫したんです。表紙の漆黒の馬の絵は、現代美術家の井田幸昌さんに描いてもらい、しおりは焦茶色で先をふわっとさせて、馬の尻尾みたいに。帯はオレンジ色で、エルメスに包まれているように。紙の本ならではの楽しみ方ですね」

 本の魅力が詰まった一冊。ぜひ味わってほしい。

教えて!「最近の川村さん」
「小説を書くときは、パチンコ屋で当たりそうな台を選ぶ感じで(笑)、カフェだったり自宅ソファだったり、場所をうろうろ探して書きます。この小説を書いているときはバッハの『ゴルトベルク変奏曲』をずっと聴いていました。馬の足音や走るリズムに近いなって思って。ぜひこの本を読みながら聴いてみてください」

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【写真】新刊『私の馬』を出版した川村元気さん

川村元気(かわむら・げんき)●1979年横浜生まれ。上智大学文学部卒。『告白』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』など数多くの映画を製作。著書は『世界から猫が消えたなら』『億男』『神曲』など。自身の小説を原作とし、脚本・監督を務めた映画『百花』は第70回サン・セバスティアン国際映画祭「最優秀監督賞」を受賞。新著に『私の馬』。


取材・文/藤栩典子