自分の実績をアピール
斎藤元知事のようなタイプのトップというのは一定数いるもので、経験者として言わせていただくと、一緒に働く人は大変だろうなぁ、お気の毒だなぁとしか言いようがありません。知事は辞任すべきの声が高まる中で、斎藤元知事は毎日放送の単独インタビューに応じます。
「貴重な機会をいただきまして、ありがとうございます」とパワハラ疑惑を払しょくするかのように下手に出るも、「県政の改革を進めてきた」「30年ぶりに県の貯金が100億を超えて、130億になった」「自分自身の退職金もカット、天下りも原則廃止した」とパワハラも職員の死も特別背任もまるでなかったように、自分の実績をアピールしています。これこそが、斎藤元知事の本質なのではないかと思うのです。
平時であれば、知事の実績アピールは好意的に受け止められたことでしょう。しかし、知事がほう助したわけでなくても、今は自分の部下が2人も亡くなり、斎藤元知事に冷たい視線が向けられている時期なのです。まず2人にお悔やみの言葉を言うのが、上司として大人としてのマナーではないでしょうか。自分の実績にはすごくこだわるけれど、空気が読めない、部下を大事にしない、人の気持ちや情が理解できない人なのではないかという印象を受けました。
理解できないと言えば、斎藤元知事は「会話の真意」を汲み取ることも苦手なようです。百条委員会において、斎藤元知事のパワハラ行為を示す例として、“喫茶店事件”がありました。
「県民会館の喫茶店で、(閉店)時間を過ぎているので出て行ってくださいと言われたときに『知事なのに、なんで出て行かなくちゃいけないんだ』とおっしゃった」という証言が紹介されます。これに対し、斎藤元知事は「言っていません。スタッフの方が大きい声で早く出て行ってくださいと言われたのでびっくりして『兵庫県知事です』と名乗った」と答えています。
この発言にどたーんと椅子から転げ落ちたのは、私だけではありますまい。百条委員会の委員は「自分の要求を通すために、知事という職位をちらつかせて文句を言わせないようにしたのではないか?」ということを聞きたかったわけですから、「知事なのに」と言おうが「兵庫県知事です」と答えようが、パワハラ的であることに変わりはありません。しかし、斎藤知事はどうも「言い方が違うから、自分はパワハラをしていない」と解釈しているようなのです。