ひと言が心の支えに
その質問に、谷川さんはひと言だけ、こう語った。
「おいしいからだよ」
これが松下さんにとって“魔法の言葉”となった。
「店は通し営業だったのですが、谷川さんが来られるのはピークが過ぎた午後4時ごろ。客数も少なく、丁寧に作った料理を提供できていたんです。当時キッチンを1人で回していた僕は数をこなすことに必死で、料理が雑になっていた。そのことに、谷川さんの言葉を聞いて気がつきました。そこで店をパーティションで間仕切りし、客席を24席から8席に減らしたんです。これなら丁寧に作った料理が提供できると思って」
すると、徐々に客足が戻り、いつしか行列のできる人気店に。その間も、谷川さんは変わらず訪れていた。
「最後に来店されたのは、コロナ禍前でした。その後は姿をお見かけしないので心配していたら、ニュースで訃報が流れて……。
うちの店は、芸能人だろうと政治家だろうと特別扱いはしていません。ただ、谷川さんだけにはずっとお礼を言いたいと思っていました。でも、変に気を使わせてしまい、来店しなくなるのではないかとの心配から言えませんでした。今は、言えなかったことを後悔しています」
谷川さんにしてみれば、特別扱いされない、心休まる場所だったのかもしれない。
「席数を減らしても、数か月は客足が戻らず不安な日々が続いていました。でも、谷川さんのあのひと言が、心の支えになったんです。谷川さんには感謝しかありません」
谷川さんが紡いだ言葉は、永遠に残り続ける─。