終活の中で最も力を注いだというのは「資産整理」。先に述べた、自身が経験した相続地獄は、亡き父親の資産整理で大変な作業を余儀なくされたことを指している。
「遺産分割協議や相続税の申告は法律上、故人の死亡届を提出してから10か月以内に完了させるのがルールです。その第一歩となる父の資産を把握する際に、預金や株があちこちにあって膨大な時間をとられました。この教訓から私は早期に資産をリスト化し、まず預金口座の一本化に挑んだのです」
「お礼を言っておきたい相手もいない」
ところが簡単にはいかず、再び時間をとられることに。
「今は銀行の窓口対応は完全予約制になっており、1週間前や2週間前に予約してから足を運ばなければなりません。また、セキュリティー対策で通帳自体に印影を残さなくなったため、どの通帳にどの印鑑を使ったのかがひと目ではわかりません。こういった落とし穴により、預金一本化に向けた口座解約手続きに時間をとられてしまいました」
そこで時間短縮の方法として、通帳・印鑑・キャッシュカードの3点をセットでそろえておくことを提案する。
「そうすれば、口座解約のための銀行訪問は一度ですませられるでしょう」
一方で株や投資信託、外国債券などの資産は処分。今の株式市場をバブルと判断しているからだ。投資を生前整理することが、残りの人生を穏やかに不安なく生きるための最優先事項になるとアドバイスする。
「株などを手放したことで解放された思いもあります。金は生きるための手段であって、金を貯めるために生きているのではない。私は常にそう思って今日まで生きてきました。貯蓄高と幸せ度は比例しないもの。だから金に振り回されてはいけないのです」
モノやお金に執着しないのが、森永さんの終活のあり方といえる。仕事や人間関係についても同様。仕事はやり残したことは一切なく、人間関係はそもそも親密な間柄の仲間や友達などは一人もいないと明言する。
「だからお礼を言っておきたい相手もいない。その人と交流しているときにギブ・アンド・テイクで貸し借りなしにしているし、未精算分があるとしても、その分はその人にではなく、社会に返せばよいと考えているからです。お礼を言うとしたら妻だけですね」
モノや人の終活を進めると必然的に孤独になっていく。最期は誰もが一人だ。孤独に打ち勝つにはどうしたらいいのだろうか。
「人間は本来孤独な存在です。孤独を嫌うのは、他人依存という一種の依存症だと私は考えています。アルコール依存症や薬物依存症と同じで、その克服は容易ではなく、時間もかかります。
私自身は18歳から死と向き合い、一人で闘い続ける生き方を貫いてきました。大学の授業で、世の中には現世しかないと悟りを開いたのです。ただこれは簡単ではないため、なるべく早く人間関係を断って、耐える経験を積み重ねていくことが大切でしょう」
環境を変えるのも、よりよい終活のひとつの方法。
「絶対の必要条件は、東京、大阪、名古屋といった大都市を捨てることだと思います。田舎への移住は難しくても、都心へ90分くらいの“トカイナカ”なら生活コストは大きく下がり、医療機関もそこそこあり、人間関係もさほど濃くないので楽しく暮らせますよ。私の自宅があるのがまさにトカイナカですからね」
もりなが・たくろう 1957年、東京生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、UFJ総合研究所などを経て現職。2023年末の末期がん公表後も精力的に仕事に取り組む。近著『身辺整理』など話題の著書多数。