再婚後「後悔しないように」と始めた不妊治療で知った“年齢の壁”。自らリミットを決めて挑んだ、高齢での妊活を振り返って今、治療中の女性に伝えたいこと―。
「若い方と一緒の方法ではもう間に合わないので、最短で最高確率の方法でお願いします、と先生にお伝えしました」
2023年、44歳で第1子となる男の子を出産した元日本テレビアナウンサー・宮崎宣子は、自身の不妊治療をこう振り返った。仕事のキャリアを優先するなど、さまざまな事情が影響して「妊娠」を考えるタイミングが遅くなり、高齢出産が珍しくない昨今。
41歳で再婚後に約2年ほど不妊治療を受ける
不妊治療が保険適用になったり、企業が不妊治療中の休暇取得についての見直しを行うなど、妊活を取り巻く環境もここ何年かで激変している。仕事に邁進しつつ、子どもを授かった宮崎の“短期集中妊活”に、週刊女性の不妊治療記事でもおなじみ『西川婦人科内科クリニック』の西川吉伸院長が迫る─。
西川 40歳を超えてからの妊活ということですが、きっかけは何ですか?
宮崎 再婚ですね。41歳で再婚してから、約2年ほど不妊治療を受けました。
西川 初婚は32歳と聞きましたが、そのときは子どもが欲しいという気持ちは?
宮崎 私自身は早くに子どもをつくって、仕事に復帰したいとか思っていたんですが、当時、お付き合いから結婚までが早かったので、旦那さんが“もう少し2人の時間が欲しいな”って。
子どもができたら子ども中心の生活になってしまうから、2人で旅行するような時間が欲しいと。確かにそういう考えもあるよね、ちょっと様子を見ようか、となったんです。
西川 そういう考えは一般的かもしれないですね。
宮崎 30代になったばかりだし、時間的な余裕もあると思うじゃないですか。いつでもいいかなという感じでした。
西川 特に仕事を優先して、とかではなかったんですね。
宮崎 そうですね。何も考えていませんでした(笑)。
西川 当時は妊娠適齢期というか、年齢を重ねると妊娠率が下がるといった知識はありました?
宮崎 なんとなく、年を重ねると難しくなるのだろうとは思っていました。でも、具体的な年齢などは調べたことはなかったですし、妊娠について自分の身体を検査するために、病院に行ったこともありませんでした。
西川 時代的にも、社会全般の妊娠についての意識はそのくらいのものです。ただ、ちょうど12~13年前から、不妊治療が盛んになってきて、高年齢になればなるほど妊娠しづらくなる、ということが啓発され始めたんです。
宮崎 35歳からが高齢出産になる、ということは聞いていました。
西川 妊活を始めるにあたって、35歳はひとつの“ライン”になりますね。この年齢あたりから卵子の質が落ち始めますから。離婚されたのが、まさに35歳ですよね?
宮崎 はい、そのくらいです。あのときは、そういう未来はないんだろうなと。これからは仕事に生きよう、という感じになりました。結婚=幸せとは限らないじゃないですか。
これもひとつの生き方だな、って。私はたぶん、結婚生活に向いていないと思ったし、これからひとりで生きていくためのお金を貯めようって切り替えました。