二次被害になって被害者を追い詰める可能性
今回のケースのように、被害を訴えたのに会社は何も対応してくれなかったとか、コンプライアンス室が名ばかりだったということは、残念ながらそれほど珍しくないことだと思います。性被害にあったと打ち明けること自体とても勇気がいることなのに、会社が対応してくれなかったということであれば、ますます言いにくい雰囲気ができあがって被害者はそれ以降口をつぐむか、場合によっては、その場からいなくなるでしょう。
当事者が語らなくなる、もしくはいなくなるわけですから「そんな話は聞いたことがない」という現象が起きるのです。それに、社員が自分の会社の不手際や不祥事を、スターフリーランスの安藤さんに話すとは考えにくいと思うのです。
もう一つ、実際に調査をしたわけでもないのに「私は知らない、聞いたことがない」と証言することは、とても危険なのです。なぜなら、この言い方が二次被害となって被害者を追い詰める可能性があるからです。
たとえば、パワハラ上司がいたとして、部下が次々と体調を崩して休職したり、辞めたりしたあげく、誰かが被害を訴えたとします。会社がこの問題と向き合あおうと、部下に「パワハラはあったのか?」と聞きとり調査をしたら、おそらく「パワハラだったかもしれないけど、自分は大丈夫だった」とか「自分はパワハラを受けていない」と答える人がほとんどでしょう。
パワハラに苦しんでやめる人がいるのに、どうして「大丈夫だった」という意見ばかりが出てくるのか。それは私たちが持つバイアス(思い込み)のせいと言われています。
私たちは誰もが、自分のことを事実をベースに物事を判断する論理的な人間だと思っています。しかし、実際は多くのバイアスに支配されています。たとえば、ラーメン屋さんが二軒隣り合わせていて、ひとつは行列ができており、もうひとつは誰も並んでいない。こんなとき、行列のできるラーメン店のほうがおいしいに違いないと決めつけてしまう人は多いことでしょう。
これはバンドワゴン効果と呼ばれるバイアスで、どちらのラーメンがおいしいかは両方食べてみないとわからないのに、大勢の人が行列しているということは支持されている、支持されているものには価値があるという思い込みです。