大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で小芝風花(27)が演じる花魁の「瀬川」に視聴者の注目が集まっている。
《小芝さんの瀬川が色っぽいし、めちゃくちゃ綺麗》
《女郎屋の看板である瀬川と、花の井として蔦重と接しているときのギャップの演技が素晴らしい》
など、称賛のコメントが多く見られる。彼女のきらびやかな一面とともに、病気などで死んでいく女郎たちの姿も描かれている今回の『べらぼう』。実際、当時の女郎たちというのはどんな女性だったのだろうか?
『べらぼう』花魁たちの“真実”
「生い立ちはいろいろで、中には没落した商家や貧困にあえぐ武士の娘などもいましたが、ほとんどは貧しい農家の娘たちです。女衒という、お金で女性を買って女郎屋に売ることを生業とする人が、日本各地を回って、貧しい家から親を口説いて娘を買い取るわけです。親が直接、女郎屋に売る場合もありますが、要は人身売買で売られてきた娘たちです」
こう話すのは、歴史評論家の香原斗志さん。貧しい農家の娘がほとんどと聞くと、女郎屋の“看板”を背負う花魁や太夫という女性は、芸事にも優れて教養もあったということが意外に思えてくるが、
「15~17歳で客についたといわれますが、子どものうちに女郎屋でそれなりの教育を受けるわけです。また、客も高いお金を払って女性と遊ぶのですが、それだけのお金を持っている男性となれば、地位や教養のある人たち。そういった人を相手にするには、彼らに見合った教養も必要となります。吉原にはいろいろな文化人も出入りしていて、彼女たちに知識を授けたりもしたそうです」(香原さん、以下同)
3月2日放送の『べらぼう』では、瀬川の身請けの話が出てきた。女郎が遊郭を抜けるには「苦界十年」という言葉があるように、10年間そこで働くか、客にお金で身請けしてもらうしかない。

「女郎は自分の身体を売ることを仕事にしている、いわゆる娼婦。しかし、当時は自分の意思ではなく親に売られ、家族のために身を売っている女性として、認識されていました。なので、身請けされて妾や本妻になる女性も珍しくはなかった。ただ、姑に“この女郎上がりが!”などひどい言葉をかけられたケースもあったようですが、社会全体として女郎という存在に対しては寛容でした」
身請けや10年間を待たずに吉原を出る方法はもうひとつ。“足抜け”だ。
「だいたい、男と一緒に逃げ出すのですが、ほとんどは失敗していたようですね。女郎屋からすれば商品である女性に逃げられた、では面目が立ちません。なんとか遊郭の外に出られても、執拗に追いかけられ連れ戻されました。
一緒に逃げた男はボコボコにされた上に、遊郭には出禁。女郎にはひどい体罰が科せられました。例えば、裸にされて縛られ、天井から逆さづりにされて叩かれたり。それで亡くなった女郎もいたそうです」
確かに、2日放送の回では、うつせみ(小野花梨)が足抜けしようとした騒動も描かれた。
女郎たちのきわどいセリフや描写も話題になる『べらぼう』だが、彼女たちの背負ったものも描いていることが、注目されるひとつの要因なのかもしれない。