西山 いまだにそんな感じじゃない?(笑)

長江 ちゃんと会話するようになったの、ここ最近ですもん。当時は山さん、僕のこと子どもとしか思ってないから話すこともなかったし。でもね、番組やっているとき、山さんの立ち位置がいいなと思っていました。だって、欽ちゃんに怒られないんですから。

『欽ドン!』は二度とやりたくない番組ナンバーワン

山口 そりゃ、良い子のヨシオですから。

長江 ネタ合わせのとき、欽ちゃんから僕がいちばん怒られましたね。西山くんも怒られていたけど、年が近いこともあるし、ライバルじゃないけど負けたくない、という気持ちが大きかったですね。ネタでもいちばんおいしいところを持っていくし。番組以外でも、西山くんは20歳だったから、お酒も飲めるし、なんだか遊んでいる感じに見えるわけですよ。

西山浩司 12歳のとき『スター誕生!』「欽ちゃんと遊ぼうコーナー」で5週連続チャンピオンに。俳優業と共に音楽活動も 撮影/佐藤靖彦
西山浩司 12歳のとき『スター誕生!』「欽ちゃんと遊ぼうコーナー」で5週連続チャンピオンに。俳優業と共に音楽活動も 撮影/佐藤靖彦
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西山 そんな遊んでないって(笑)。

長江 そうなんですけど、大阪の高校生だった僕から見ると、番組出演で東京に出てきて西山くんと会うと、やっぱり“スター”だったんですよ。憧れ、という部分もあったと思う。

西山 そんなこと言うけど、僕にとって、『欽ドン!』は、振り返ってみて二度とやりたくない番組ナンバーワンだけどね。

山口 そうなの?

西山 番組のスケジュールがキツかった。昼の12時に現場に入って、夜6時くらいまでリハーサル。で、ごはんを食べてから本番が始まるんだけど、終了後にダメ出しがあって、深夜0時くらいから次週のセットが組んである別室でリハに入ったよね。

長江 え、それは僕、覚えてない。高校生に対してそんなことしないですよ。僕が辞めてからじゃないですか?

山口 僕もあまり覚えてないなぁ……。

西山 山さんには覚えていてほしかった(笑)。長江くんは僕がおいしいところを持っていくと言ってたけど、ネタをちゃんと落とさなくてはいけないというプレッシャーがすごくあって。それを外したら番組がつぶれちゃう、くらいの思いで毎週やっていたし。リハでうまくいかずに落ち込んで、しょんぼりするという繰り返しだった。たぶん、いちばん番組を楽しんでいたのは、山さんだと思う(笑)。

山口 2人の話のオチが僕なのね(笑)。

長江 『ハイスクールララバイ』の発売は突然でした。“おまえたちレコード出すから”って。