はかなさも魅力。彼らの現在は…

 輝きの一方で、青春の刹那(せつな)も感じた。

「全員が10代でデビューして、まさに『ガラスの十代』でした。メンバーの取材をしたことがありますが、当時のことは覚えていないくらい、がむしゃらだったそう。未完成の状態で、はかなさがあった。そこが魅力だったのでしょう」

 時代の影響も大きい。デビューからの数年はバブル景気の真っただ中。’89年に平成が始まり、テレビCMで『24時間戦えますか』というフレーズが流れまくっていた。

『ザ・ベストテン』(TBS系)、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)など歌番組も多く、彼らは毎週のように出演。

「みんなが見ている番組に出ているから、ファンじゃなくても、みんなが曲を知っていて歌えた。だから驚異的な人気につながり、社会現象になったのではないでしょうか」

 団塊ジュニア世代がちょうど中高生で、子ども・若者の人数は現在の2倍近く多かった。「若い人が多かったから、彼らに向かう情熱もすごかったですね」

 山﨑さんは現在のメンバー同士の活動もウォッチしている。

 内海光司とアツヒロは光GENJIデビュー35周年の’22年8月、ユニット「U&S」(ユーアンドエス)を結成、楽曲を配信リリースし、音楽番組への出演やライブ活動を行っている。ローラースケートでのパフォーマンスは健在だ。

 佐藤寛之と山本淳一もユニット「ふたつの風」を結成し、’23年12月にCDシングルをリリース。’24年1月の公演の構成・演出は少年隊・植草克秀が手がけた。

 諸星と赤坂も一緒にコラボライブを行っている。昨年夏の公演には光GENJIの数々のヒット曲を生んだASKAが訪れ、ステージで“共演”した。

 ここまで来ると、やはり再結成の行方に興味津々。「あのころのキラキラした思い出は、多くの人の宝箱に入っている。箱が開けられ、あの宝をまた目にするときが訪れるのでしょうか」と山﨑さん。

 記憶に新しいのは男闘呼組の再結成だ。彼らは光GENJIに続いて’88年にレコードデビューし、’93年に活動を休止していた。’22年7月、音楽番組に出演して29年ぶりに復活。期間限定で活動すると発表し、全国ツアーで当時の楽曲を披露した。告知どおり、約1年で終了したが、新たなバンドになり、現在も活動を続けている。

 また、環境も変化している。ジャニーズ事務所がSTARTO  ENTERTAINMENTに変わり、かつてのような事務所の垣根はなくなった。STARTOのタレントと、退所したタレントが共演する機会も増えてきた。

 機運は高まっているように見える。WOWOWのドキュメンタリーが第7話を迎える夏ごろには、はたして、何らかの動きがあるのだろうか。

 散らばった7つの光が再び集まる日を期待するファンは多い。再結成が実現するとしたら、それは新たな伝説の幕開けとなるに違いない。

山﨑寛代/FM群馬での勤務を経て、TBS系『3時に会いましょう』、『スーパーワイド』、テレビ朝日系『スーパーモーニング』などワイドショー・情報番組でリポーターを務める。朝日放送系『おはようコールABC』出演を機に芸能リポーターとして、現在はテレビ朝日系『羽鳥慎一モーニングショー』などに出演中。舞台や歌舞伎など、演劇の取材も多い。