新時代のプロレスを背負って
デビュー10年目の’09年から、風向きが変わってきた。
「日を追ってブーイングが少なくなってきたんです。ようやく、僕のカラーをファンに受け入れてもらえました」
この’09 年、棚橋は最も活躍したレスラーに与えられる『プロレス大賞MVP』を受賞している。「夢をあきらめない男」が、プロレス界のエースの座をつかんだのだ。
新日本プロレスにも変化があった。’12 年からはカードゲームの『ブシロード』が親会社となった。
「レスラーにない経営の発想が、いい効果を生んでいると思います」
その成果がプ女子現象ということだろう。先日、『もえプロ女子会~真壁刀義とスイーツを食べる会』が開催された。定員オーバーの会場では、あちこちでマニアックなプロレス談議が交わされ、テレビや雑誌などマスコミ媒体も多数集まった。
この日の主役、強面ながら日本テレビ系の『スッキリ!!』で"スイーツ番長"として人気の真壁は、真剣な眼差しで言った。
「女性ファンは厳しいし目が肥えている。オレらが少しでもいい気になったら、サッと引いていくでしょうね。だから、レスラーはリング外の活動も必死ですよ」
もちろん棚橋も負けていない。ブログやツイッター、イベント、テレビなどで積極的にプロレスの情報を発信している。彼のブログ更新数はレスラーの中でも群を抜く。
「何度も何度もしつこいくらいにやって、ようやく世間は振り返ってくれます」
自著『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』(飛鳥新社)でも、「知っている選手は応援しやすい」と書いた。よい商品があっても、認知されていなければ、ないのと同じ。ビジネスは失敗する─これは、マーケティング理論における「ブランディング戦略」にほかならない。
棚橋はサインや写真を求められると、笑顔で応じる。
「僕がプロレスファンだったとき、レスラーにしてもらってうれしかったことは、全部やります」
彼は、これまでのプロレス経営を、「ガンコ親父のいる名店」だったと表現した。
「客を選び、料理から食べ方までファンに押しつけていたんです。だけど、今の新日はそうじゃない。いろんなメニューがあって、誰が来店しても楽しく食事を味わってもらえる店になりました」
棚橋は「プ女子を大歓迎します」と明言した。
「韓流ファンの一部がプロレスに流れてきたなんて言われますが、とんでもない。レスラーや会社の積極的な努力があったから、女性ファンがプロレスを見つけてくれ、面白いとわかってくれ、ついてきてくださっているんです」
試合を見つめるファンの声も、彼の思いに呼応する。
一昨年に友人に誘われ、"ハマった"という女性は、
「第1試合からメーンまで、応援している間は無我夢中。帰るときには声が嗄れてるけど、ストレスがぜ~んぶ解消されています」
ベテランファンを自称する女性の意見はこうだ。
「キャラの立ったレスラーが、リアルな肉体でぶつかり合うのが最高。プロレスはライブ、勝負、アトラクション、演劇それに擬似恋愛と、すべての要素が詰まった総合エンタメなんです。リングサイド席は1万数千円もするけど、それだけの値打ちがあります」
デビュー16年目、棚橋はベテランの域に足を踏み入れた。彼は38歳だから、まごうかたなき昭和世代。しかし、「ホントにそんな年齢?」と問い返したくなるほど若々しい。このことを本人にぶつけたら、肩をすくめてみせた。
「高校時代と頭の中身が変わってないから、若く見られるのかもしれません。ただし、身体は商売道具だし、どのレスラーよりも厳しく鍛えている自信があります」
ライバルの中邑真輔、進境著しい若手のオカダ・カズチカ、真壁らベテラン勢の頑張りを横目にしつつ、棚橋はつぶやいた。
「それでも、アラフォーともなれば、いろいろと思うところがあります。不惑っていいますけど、まだまだ、あれこれ迷うでしょうね。それだけプロレスは奥が深い巨大迷路なんです」
しかも、彼はこう強調するのを忘れない。
「プロレスという迷路はあっちで壁にぶつかったり、こっちで引き返したりして、回り道するほうが面白い」
"夢をあきらめない男"は、エースとしてプロレスのために身体を張り続ける。
「僕は新しく生まれ変わったプロレスの入り口。僕のファイトをきっかけに、プロレスファンになってください」
彼は、勝利を収めたリングの上で、詰めかけた女性ファンたちにアピールした。
「ようこそ、プロレスという出口のない迷路へ! オレを好きになったら、引退するまで見届けてくれ!」
取材・文/増田晶文 (※本記事は『週刊女性PRIME』用にリライトされているため、必要に応じて加筆修正してあります) 撮影/伊藤和幸