地元のタクシー運転手から、恐怖の実態を証明するようなエピソードを聞いた。
「同僚がね、"この子、仲間に脅されて『おいお前、タクシーにぶつかってこいよ!』と背中を押されていた"って。走っているタクシーの前に飛び出せっていうんです、ひどい話ですよ。ニュースを見ると、目のまわりがひどく殴られていた。あの時点で傷害罪じゃないですか。殺される前に、誰か守ってあげられなかったんですかね……」
中高生が集団でいると、大の大人であっても、へたに注意はしにくい。親でさえ叱らなかったり、夜遅くの外出を許してしまったりする。地元の中高生がたむろする大師公園を、夜8時ごろによくランニングするという男性も、通り過ぎるだけだという。
「よくたまっていますよ。5人くらいのことも、10人くらい集まっているときもあって、音楽をかけてはしゃいだり、自転車を乗り回したり、タバコを吸っている子もいる。グループの中には幼く見える子がいて、みんなに敬語で"ハイ、ハイ"と。周りの言うことを聞いている感じでした」
実際、本誌女性記者が同じような時間帯に大師公園に足を運ぶと、たむろする少年少女が簡単に見つけられた。カミソンくんの友達? と尋ねてみると、
「えっ何、逆ナン? やらせてくれる? ホテル行こう」
とふざけた調子で答えるだけ。
──毎日来ているの?
「ほぼ毎日。今日は夕方くらいからいる。朝も4〜5時までいる。すること? 別に、テキトーに歌ったり、チャリとかバスケとか。ごはんは、昼飯代でもらった金を残して、そこらへんで買うとか」
──親御さんは心配しない?
「親は別に」
──みんな同じ学校?
「違う中学もいる。俺は中3。中2とかもいる。バラバラ」
質問を無視することはないが、上村くんの話になると、一斉に口を閉ざす。男女で抱き合ったり、自転車を乗り回したり、即興でヒップホップを歌ったり。一見、自由だが背の小さい男子は、リーダー格の男子に強い口調で命令されると、敬語で従う。取っ組み合いをしかけられ、地面に押し倒された場面も。じゃれ合いだとしても、グループ内の序列は明らかだった。
──ひとつだけ聞かせて。なぜ、カミソンくんは殺されなければならなかったの?
その瞬間、沈黙が支配した。何かを言いたそうな表情の子、歯を食いしばっている子。だがしばらくしても、言葉が返ってくることはなかった。取材中、学校の先生が4、5人で見回りに来て、生徒らと20分くらい話したが、きつく叱る教師はいない。
「お前ら、何してんだ~。家にはちゃんと帰ってるのか?」の呼びかけに、違和感を覚えた。中学生に「家に帰っているのか」と確認しなければならない現状!
川崎市教育委員会(市教委)の指導課は、
「顔見知りでもない少年たちが、コンビニでたむろしているだけのシーンで、あなたは声をかけられますか。地域住民でも、難しいと思う。午後11時を過ぎれば、青少年育成条例で補導できるので、"すぐ家に帰れ"と強く言うこともできる。しかし、夜にコンビニの前でたむろして、カップラーメンを食べているだけでは、どうにもできない」
と教育指導の手立てがないことを認める。
実際、大人たちの対応は、われ関せず、触らぬ神に祟りなし、の一辺倒だ。上村くんと同じ中学に娘が通う母親は、「娘から"年上の子たちに暴力振るわれて休んでいる子がいる"って聞いたけど"関わっちゃだめよ"と言って終わりにしました」と打ち明ける。
上村くん宅マンションの入り口では、原付きバイクと自転車に乗った6、7人の若者が目撃されていたが、「絡まれたくないし、足早に通り過ぎてしまった。学校も地域も、なんとなく放置してしまった」(40代・主婦)、「小学校の娘が怖がっていました。"関わらないほうがいいよ"とだけ言って、放っておいた」(30代・主婦)。
学校も地域も危機管理のアラームを鳴らすことはなかった。しかし、上村くんは昨夏以降バスケ部を休みがちになるなど危険な兆候はあった。家庭はどうか?
本誌は上村くんの母親を直撃。だがインターホン越しに、
「すみませんが、取材はお断りしております」
とだけ。しばらくすると玄関のドアが開き、兄と思われる10代の男性がジャージ姿で出て来て「こちらに一任しています」と弁護士の名刺を渡してくれた。
中学生が高校生に殺されるという今回の殺人事件について、前出の市教委は、
「犯罪防止に向けた学校、地域、市教委、警察の連携などを考えたい。年度末までに検証結果をまとめたい」
と検証を約束するが、ジャーナリストの大谷昭宏氏は、
「この間まで小学生だった少年を守れるのは、家庭だけ」
と前置きし、
「地域の不良グループに、個人で関わるのは無理。警察には生活安全課という部署があるので、未成年がタバコを吸っている、酒を飲んでいるとか、細かく連絡をしたほうがいい。常に警察が駆けつければ、"めんどくせえな"となる。事が起こってから、"なぜ言ってくれなかったのか"という姿勢では、問題は解決しない」
と犯罪の芽を早めに摘み取る必要性を訴える。上村くんの命は戻ってこない。残された者たちにできることは、せめて次の犠牲者を何があっても出さないことだ。