「叱らず、ほめる」で子どもが変わった!
「いまだに母には毎日ほめられるので、何を言われてうれしかったのか、記憶にないくらいです(笑い)」
パッと周りを明るく照らすような笑顔で話してくれたのは、現在、26歳になる小林さやかさんだ。
「母は"今日もいい子でいてくれてありがとう""今日も笑顔で素敵な子でいてくれてありがとう""家に帰ってきてくれてありがとう"って、それがもう当たり前なんです。でも、友達の家に行くと反対に"うちの子なんてね"と、お母さんが自分の子をほめない。そのときに謙遜ということを覚えたんですけど(笑い)。うちの母はどこでも誰がいてもほめるし、人から"さやかちゃん、いい子ですね"って言われると"そうなんですよ。わかります?"って。だから、母にはあまり友達がいないの(笑い)」
そう言って愉快そうに笑うさやかさんを優しく見ながら、「だって思ったときに伝えたいから」と、こころさん。
「考えてほめるわけでもなく、自然と湧いてくるんですよね。日々、悲惨なニュースが流れるたびに、ケガもせずに事故にも遭わずに無事に帰ってきてくれた娘に"ありがとう""えらかったね"しか言えなくて。この子がいてくれることが一番大事だから、0点のテストを持って帰ってきても、そんなのは別にって思うんです」
また、自分をダメ人間だと思うがゆえに、些細なことでも心からほめるという。
「なんていい子なんだろうって、常に感動して自分の子どもたちに憧れを抱いちゃって(笑い)。だんだん、ほめることが楽しくなってきたんです」
その結果、子どもたちの心ものびやかに育っていった。とくに、まったく叱られずに育ったまーちゃんは、豊かな想像力と思いやりにあふれている。
家族で時間をかけて作ったケーキをテーブルに運ぶ際、うっかり落としてしまったまーちゃんは、「ごめんなさい。私、絶対に落とさないようにしてたんだけど、きっとお化けが落としたんだと思う」と言って笑わせ、みんなが悲しんでイヤな雰囲気になるのを、ユーモアで救ったりした。
「何かを壊したときも、本人は悪意があってやったわけではないので"何やってるの!"と叱るよりも、"本当にケガをしないでくれてありがとう"ってほめれば、結果は全然違うものになると思います」
こころさんはさらに「勉強しなさい」「片づけなさい」といった、押しつけるような言葉もいっさい言わなかった。
「みんな能力を持っているのにやらないだけなので、無理にやらせる必要はないと思ったし、それ以上にもっと大事な想像力や生きる意欲、自分がワクワクするものを見つけられる力を抑圧せずに発揮できていれば、自分が本当にやるべきときには何でもできると信じていました」
それに対して、近所で数少ないこころさんの子育ての賛同者であり、10年来の友人、よし江さん(67)もこう言う。
「お母さん自身が親しき仲にも礼儀ありで、いつもきちんとした態度を見せているので細かいことを注意しなくてもさやかちゃんも自然と礼儀正しく、自分の意見をちゃんと持った子に育ってましたよ。私たちみたいな母親は変わり者で学校のPTAでも浮いていたけど、ああちゃんは人と違っても平気だったし、自分が正しいと思ったことをやって、それを人に押しつけないし、人の批判もしなかったわね」
学校はPTAでも、成績のいい子の親が主導権を握り、成績の悪い子の親は何を言っても"しょせんは劣等生の親"という無言の序列がある。まして、さやかさん本人は学校で劣等生扱いされ、バカだクズだと言われて、大いに傷ついていた。そんな娘をいたわるように、学校に呼び出されるたびに、こころさんは訴えかけた。
「先生は成績や格好だけで悪い子と判断して、娘のいいところを見てくださらないんですか? それが残念です」
元来、自分に自信が持てず、今でも控えめで静かな物腰のこころさんだが、校長先生たちを前に毅然とそう言えた力は、いったいどこから湧いてきたのか。
「この子を守れるのは私しかいないと思うと、自然と強くなれました。たぶん自分のことだったら、何でも長いものに巻かれていたと思います」
長男は結婚して1児をもうけ、今ではこころさん夫婦と同居。名古屋で飲食店を経営する父の会社で働く。次女のまーちゃんは、こころさんいわく「彼女の才能や可能性を抑圧しない、デメリットのない高校を探したら日本にはないように感じて」、ニュージーランドの高校へ留学。異国の地でたったひとり、大変な苦労と試練を経て帰国後、現在は上智大学で心理学を学んでいる。彼女もまた、日本の学校ではビリだったのだ。
「私の子育てが賛否両論なのはわかっていますし、これが成功だというわけでもないんです。ただ、自分の子育てというのは、自分が実際に子育てした結果からでしか学べないものなんだなって。
子どもたちは、これからもいろんな問題や困難にぶつかると思います。でも、どんなことが起こっても乗り越えられるエネルギーと意欲と、可能性を持っている子どもたちです」
信念の人は揺るぎない瞳で、静かにキッパリと、そう言った。
取材・文/相川由美 (あいかわ・ゆみ) ●雑誌『ジュノン』を中心に、インタビューを得意とするフリーライター。高校生の娘がいるシングルマザーであり、教育、育児、出産といった母親と子どもの問題や、多岐にわたる女性の生き方に大いに関心を持つ(※本ウェブ記事は、『週刊女性』3月17日号の本誌記事を一部加筆修正して掲載しています)