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 4月16日朝4時40分ごろ、いつもと同じ時間帯に、いつもと同じ新聞をいつもと同じポストに入れようとした時、新聞奨学生の配達員、栗野和希さん(26)の脳内は“いつもと違う何か”を察知した。

「いつも次の日には抜き取られているのに……おかしいな」

 東京・練馬区のアパートでひとり暮らしするFさん宅。70代前半とみられるFさんは、細身で身長160cmほどと小柄、脚が悪いようだった。

 栗野さんがFさんと話をするのは主に集金のとき。3月の集金時のやりとりが、ポストに残された新聞と重なった。

「体調が悪いことを気にしていました。身内がいないようで、“新聞とかたまっていたら、俺、中で死んじゃっているかもしれないからさ。ドアはいつでも開けてあるから、その時は警察を呼んでね”と冗談まじりに言われたんです」

 毎朝3時から約200軒分を届ける栗野さんは、そのまま配達を続けたが、頭の中の危険信号の点滅がやまない。

「普段は1日抜き取られていないくらいなら、再度自宅に行ったりしません。でも3月の会話を思い出したので配達の最後に戻ったら、まだ差しっ放しでした。不安がよぎり、所長に報告したんです」

 毎日新聞石神井公園販売所の岩崎富弘所長は、ただちに一緒にFさんの自宅に向かった。

「カーテンの隙間から電気とテレビがついているのが確認できましたけど、外からいくら呼びかけても応答がない。すぐに警察に通報しました」

 家の外で、2人は、今か今かとじりじりしていたという。

「30分待ちました。最初は警察官が1人で来て、その後、救急隊員が到着。家の中から“わっ、倒れているぞ”と聞こえてきましたが、“あっ、まだ意識がありますね”って。救急車で搬送され、その後のことは警察に任せました」

 Fさんは一命をとりとめた。部屋の中で脳卒中のため倒れて動けず、助けも呼べずにいた。

 無事を知った栗野さんは、

「すぐに様子を見に行って本当によかった。所長から言われていたように、日々のコミュニケーションを大切にしていたのが役立ったのかなと思います」

 と、あらためて振り返り安堵。6月18日には、石神井消防署から感謝状を贈られた。

「表彰状とかもらうの、これが初めてなんです。僕なんかが……とちょっと恥ずかしい……へへへ」とはにかんだ。

 救急隊が駆けつけた際、Fさんは発症から24時間以内と判断された。石神井消防署の石井千明署長は、

「呼びかけに反応はあるものの、すぐに搬送が必要な状態でした。栗野さんが見に行ったのが夕刊後だったら、さらに悪化しているか、最悪のケースもありえたでしょう」

 と、命の境目からFさんを救った栗野さんの判断を絶賛。

「忙しい業務中でも“1日分しかたまっていないし、大丈夫だろう”と思わず、早急に上司に報告し110番通報したことが大きいです。上司の指導もあり、日ごろから住人のことを気にかけていた。異変に気づき、躊躇することなく、よい行動をとった。ありがたいことです」

 練馬区の高齢者支援課も、

「“地域の高齢者は地域で支える”ことを体現してくれた」

 と、たたえる。担当エリアでの評判もいい。配達先の特養ホームの警備員(60代)は、栗野さんの活躍に大納得だ。

「気遣いができる人で、仕事が丁寧。警備室には郵便受けもありますが、警備室に私がいたら必ずあいさつし、手渡してくれます。単に決められたものを決められた場所に運ぶだけの人もいるのに……。栗野さんは日ごろから地域と密に関わっているんだと思う」

 栗野さん自身は、

「お年寄りは、新聞奨学生だとよく話しかけてくれます。そこでゆっくり話を聞くようにして、親しくなれるよう心がけています。長い時は1時間ぐらい話し込んだり、ゴミを運んだり、蛍光灯の交換を頼まれることもあります」

 お年寄りと交流する原風景は、故郷・鹿児島の少年時代にあった。

「お年寄りが多い環境で育ちました。小さいころからおばあちゃんの家で、近所のお年寄りとよく話していました」

 8年前、反対する両親を説得して、上京。支給される奨学金で学費を工面でき、家賃は無料という新聞奨学生の道を選んだ。新聞配達と学業の両立はたやすくはないが、頑張ってきたなかでのお手柄。「将来は何か人の役に立てれば……」。

 聞き上手で、話しやすい雰囲気を持つ“癒し系”。それでいて頼りがいがある。

 Fさんは、そんな栗野さんの根っこを見抜き、自分の危機を託したのかもしれない。

 実は、Fさんもなかなかの人気者。毎朝毎夕、近所を散歩していたFさんについて、同じアパートの住人は「人に嫌われない、よい人。階段下に集めているゴミを、当番でなくても自らすすんで出してくれた」と感謝を述べる。

 ご近所で10年来の付き合いというご夫妻は、

「生活保護を受けていて、苦しくなると“パパさん、お金貸してくれないかな”と頼みに来ました。金額は1000円。支給日に必ず果物やお土産も添えて返しに来るんだ。弟みたいな感じだったな」

 とご主人。奥さんは「ゴミをあさって拾っていたときもあって、冬にジャンパーをあげたら“あったかいよ~”とすごく喜んでいました」とほほ笑む。最近は体重30kg台かと思うくらいにやせ細っていたので心配していたという。

 高齢化に歯止めがきかないことを背景に、練馬区には昨年9月『高齢者見守りネットワーク協定』ができた。ガス・水道、宅配便関連など25団体が加盟し、 配達物がたまっていたり、同じ洗濯物が干されたままなど異変を感じたときは高齢者相談センターや警察、消防署に通報するというセーフティーネットだ。

「地域全体で支え合いができるのがいちばんの理想です」(前出の区高齢者支援課)

 石神井消防署の石井署長も、

「要支援者に周りが気を配るとともに、気にしてもらう側も、自分の状態を周りに伝えておくなど双方がコミュニケーションをとるべきです」

 と地域の絆の重要性を訴える。栗野さんとFさんの事例はまさに理想を実現した形。

「できる限り、顔を合わせて話す」というこれまでのやり方が命の見守りになることを証明してみせた。