6月19日。衆議院で『労働者派遣法改正案』が可決された。20代後半の女性派遣社員は不安を隠さなかった。

「私、3年たったらどうなるんでしょう? いつまでたっても正社員になれないし、月20万円だけの収入が一生、続くんでしょうか?」

 安倍晋三首相は国会で「雇用が途切れない制度です」と強調したが、この女性は逆になると恐れている。

 図のように、現行の派遣法は、専門知識不要の製造業や事務などで働く派遣社員(仮にA)は、派遣先(仮にB社)で"最長3年"働ける。それ以降は、B社はA以外でも派遣社員の受け入れができない。3年以上雇いたければ、Aを正社員にしなければならない。秘書や通訳、編集などの"専門26業務"の社員(仮にC)は例外で無期限に働ける。

 だが改正案では、両者とも働けるのは"最長3年"。B社はAやCにかわり、新しい派遣社員を受け入れられる。

「つまり、B社にすれば、低賃金で使える派遣社員を増やし、しかも無期限に雇える。逆に言えば、雇用保険や社会保険、賞与などに金をかける正社員を減らせるのです」

 こう説明するのは、労働問題に詳しい佐々木亮弁護士だ。今の時代、大卒でも2~3割は非正規職員として就職する。ひとつには、やりたい仕事に正社員での採用枠がない場合がある。また正社員で入社しても、3年以内に3割が離職をし、少なからぬ若者が派遣労働にも流れている。派遣社員には、賞与も社会保険も交通費も与えられない。怖いのは、いつ雇い止めされるかわからないことだ。

 冒頭の女性だけではない。「オレ、1年後どうしているんすかね。結婚できんのかな」

 と悩む男性派遣社員にも会ったことがある。

 佐々木弁護士が驚くのは、非正規労働者の若者が「老後の心配」をしていることだ。

「小泉政権下で始まった新自由主義路線。経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏は今も"正社員は不要"と主張しますが、本当にこのままでは会社が少数の正社員と多数の派遣社員とで構成され、不況時には派遣社員が真っ先にクビになる。老後への不安はもっともなことです」

 働いても報われない。若者に漂うあきらめ感。打つ手はあるのか?

「派遣社員はバラバラに派遣されるから孤独。だから闘えない。今後は関係者が派遣社員の横のつながりをつくって闘うしかありません」

 この法案、政府は9月1日の施行を目指している。

いつでもどこでも盗聴し放題に!

 脱原発や沖縄の基地建設に反対する人たちは今後、携帯電話の通話に気を払うべきだ。警察などが盗聴する可能性があるからだ。

 5月19日、『刑事法制改革法案』が衆議院で審議入りした。この法案、実は『刑事訴訟法』『刑法』など数本の法律を一本化して改正する。だから国民はここに『通信傍受法』、いわゆる"盗聴法"が含まれているのを知らない。

 IT犯罪やプライバシー問題などに詳しい山下幸夫弁護士によると、従来の通信傍受法は、警察には使いにくかった。対象は"薬物犯罪""銃器犯罪""集団密航""組織的殺人"の4つだけ。しかも、これを企む暴力団への盗聴には、裁判所から令状を取り、全国どこの警察もわざわざdocomoなど通信会社の東京本社に出向き、そこの社員の立ち会いのもとで盗聴する。

「実際、運用実績はこの2年間で数十件だけ。だが、改正法案は違う。各地の警察はもう上京の必要はなく、通信社から通話データを送ってもらい、通信会社の立会人なしで盗聴できるんです」

 改正案では、上記の4犯罪に加え傷害、詐欺、児童ポルノなど数十件が追加。じき数百件に増え、市民も狙われると山下弁護士は危惧している。

「例えば安倍政権は、安保関連法案の反対デモをする若者に敏感です。改正案施行で彼らのスマホが狙われますよ」

 対抗手段は? 山下弁護士の回答は明快だ。

「集会だろうとデモだろうと、コソコソやるのではなく、オープンにすること。突き抜ければ世間に認められ、警察もヘタな手出しはできません」

個人情報が流出必至のマイナンバー

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マイナンバーで診療記録が一括管理される恐れも

 今年10月、全国民に『マイナンバー通知カード』が届くことをご存じだろうか。

 マイナンバーとはいわゆる国民背番号(12ケタ)だ。通知カード受け取り後、所定の手続きで『個人番号カード』(以下、カード)が入手でき、来年1月1日から運用が始まる。カードを使えば、児童手当や生活保護など役所での社会保障手続きで住民票が不要に。会社の支払い調書も個人番号でひもづけされるので、所得を把握した税務署は適正課税できるとされている。

 だが、今年3月に『共通番号の危険な使われ方』(現代人文社)を編著した白石孝さんは「私たちは丸裸にされる」と訴えている。

 というのは、現時点でカードに載るのは"氏名""住所""性別""誕生日"の基本4情報と個人番号、そして顔写真だが、来年1月の施行を前に早くも法改正が検討されているからだ。

「5月21日、預貯金への適用案が衆議院を通過しました。’21年から、新規口座開設に個人番号記入が義務化されます。財産を把握し、適正課税するとの触れ込みです。でも、金持ちは海外に資産を移せば逃げられます」(白石さん)

 では何のため? 例えば、こんなシミュレーション。生活保護申請者が窓口に来る。その親戚の貯金額を調べた職員が告げる─。

「裕福な親戚がいる。そちらを頼って」

 関係者は社会保障を切る道具にならないかと恐れている。さらに、健康保険証をカードに一体化させることも審議中だ。神奈川県保険医協会の事務局主幹・知念哲さんは、「もし一体化されたら、患者の個人番号から、その人の医事情報が収まった市町村や協会けんぽなどのコンピューターに入るのは可能です。患者の病歴が一目瞭然となる」と危惧している。

 そして秘密にしたい病歴を誰かが見ることで「商機だ」と、製薬会社や食品会社がその個人に群がる。

「そういう民間利用がマイナンバー最大の目的です」

 と白石さんは断言する。

 また、不正アクセスや内部犯行による情報流出も看過できない。国民背番号の先輩である韓国では昨年、金欲しさの内部犯行で、背番号から引き出されたクレジットや銀行口座の情報1億400万件が流出。"預金は無事か!"と顧客が銀行に殺到した。

 アメリカでは、他人の個人番号を盗み、本人になりすまして働いて納税しないとか、低所得者への給付金支給を横取りする『なりすまし犯罪』が、’06~’08年だけで1170万件も起きている。

 日本年金機構への不正アクセス事件やベネッセコーポレーションの内部犯行による個人情報の大量流出は記憶に新しい。個人情報の塊であるマイナンバーでは、「さらにひどくなる」と白石さんは予想する。誰もが安心して暮らすことができる"生活の安全保障"こそ急務だ。


取材・文/樫田秀樹 ジャーナリスト。'59年、北海道生まれ。'88年より執筆活動を開始。国内外の社会問題についての取材を精力的に続けている。近著に『自爆営業』(ポプラ新書)