現職幹部の1等空尉・Bさん(50代)は言う。
「僕の周りの隊員はみんな辞めたがっています。そして独身者や若い者から次々に辞めています。戦争やるために入った者などいません」
しかし、一方で辞められない人たちがいる。
「30歳から40代前半の世代で“曹”という階級の隊員。いわば中間管理職のクラスです。家庭がある。住宅ローンもある。自衛隊を辞めても働くところなどありません」
経済的理由から辞められない彼らは、“経済的徴兵”されているも同然だというのだ。
隊員の間では「もし死んでも住宅ローンは保険で完済される」と、戦死を想定した声も出ているという。もっとも本当に完済されるのかは疑問だ。防衛省共済組合のやっている住宅ローンには、日本生命の団体信用生命保険がついている。債務者が死亡したり、高度の障害を負った場合は残債務を保険で弁済するという保険だ。しかし保険約款に免責条項がある。4項の「戦乱その他の変乱」がそれだ。
自衛官が海外派遣先で戦闘や攻撃によって死亡した場合は、保険適用になるのか?
筆者の問い合わせに共済組合の担当者は「法案が成立しないとわからない」と口を濁し、日本生命の相談窓口は「おそらく出ませんね」と回答した。
少なくとも紛争地に派遣された自衛官が死亡した場合、確実に出る保証はなさそうだ。家族のため、ローンのために危険な任務に赴いた結果、命を落とし、残された者は稼ぎ手も住まいも失ってしまうとすれば悲惨だ。安倍政権がこのような経済的「リスク」を検討した形跡はない。
政府が徴兵制を否定する真意とは
「徴兵制は憲法の制約上、ないと政府は言っています。僕もそう思いますが理由は違う」
前出のBさんが興味ぶかい話をしてくれた。徴兵制は確かに憲法違反だが、政府が否定する真意は別のところにあるというのだ。
「徴兵制がありえない理由として、自民党の佐藤正久議員は“現代戦では高性能の兵器やシステムを使いこなすことが求められる。高校や大学を出て入隊した若者がこうした域に達するにはだいたい10年かかる”と専門性を挙げています。しかし専門技術を持つ隊員は一部。自衛隊の仕事の大半は雑用みたいなもので、人手が必要です」
それでも徴兵制に否定的な発言をするのは、ほかでもない、「自分が行きたくないから」だとBさんは言う。
「安保法案に賛成しているのは、幕僚監部の高級幹部、政治家、官界財界の幹部など、自分や子どもや孫は絶対に行かないと思っている連中。徴兵をやると言えば、彼らの支持を失うと政府もわかっているからです」
経済的徴兵と違い、徴兵制となれば対象は貧困層だけに限らない。高級官僚や政治家の子息も戦場へ。“女性活用”される可能性もあるだろう。
安保法案の議論が始まって以降、リクルートに苦労する様子が伝わってくる。九州地方のある女性は、体力のない、声も出せないような若者が自衛隊に入ったと聞き意外に思った。勧誘した自衛官は「ノルマがある。大変だ」とこぼしていたそうだ。法案が成立すれば人手不足がさらに深刻化するのは間違いない。
Bさんはこう警告する。
「自衛隊に実戦に耐えるだけの力はない。射撃をしても当たらない。口でパンパンと銃撃音を出す程度の訓練。そんなので実戦に出れば死者が続出しますよ。自殺も多発して悲惨なことになるでしょう。だから経済的に問題がない隊員はどんどん辞める。そうすれば、次は憲兵隊の復活だとみんな言っています。辞めないよう監視するためにです」
物言えば唇寒しだった暗い時代の足音を肌で感じ、“戦争法案”の廃案を切実に願っているのは、経済的徴兵された自衛官と家族たちに違いない。
取材・文/三宅勝久 ジャーナリスト。自衛隊のいじめや自殺、学生ローンと化した奨学金問題などを追及している。『自衛隊員が泣いている――壊れゆく“兵士”の命と心』(花伝社)ほか著書多数