【タイムリー連載・フィフィ姐さんの言いたい放題】千葉県市川市で4月に開園予定だった私立保育園が、子どもの声による騒音などを危惧する近隣住民からの反対を受け、開園断念を余儀なくされた。度重なる保育園問題。そのひとつひとつがどれも重要な課題であるにも関わらず、議員やマスコミの反応には"温度差"があるとフィフィは疑念を持ったという。
“だから単なる政権叩きって言われちゃうんだよ”
建設地の安全性のほか、騒音被害に反応する近隣住民の声に配慮した結果、開園を断念した千葉県市川市の保育園。
この問題を受け私は13日、“『#保育園落ちた日本死ね』の方々は、市川市の反対住民には黙りなのかな? だから単なる政権叩きって言われちゃうんだよ”とツイートしましたが、この発言について、あらためてここで説明したいと思います。
日本では、弱者には強くクレームするのに、強者に対しては何も言えなくなるという風潮が少なからずあると思います。電車で泣きじゃくる子どもには舌打ちするものの、新幹線で宴会さながら騒いでいるおじさんたちのことは見て見ぬ振りをする……心当たりのある方も多いはず。
立場の弱い子どもに対するクレームばかりが助長されることで、どんどん育児に寛容でない社会が形成されてくことは危惧すべきことです。
そして、残念ながらそうした風潮が根強い社会であるからこそ、余計に必要となってくるのが行政のサポート。
今回の件のみならず、保育園建設に反対する住民問題というのが決して珍しい話ではない以上、たとえば駅や企業内に保育所を作ることを推進するよう行政が取り組むといった姿勢は今後ますます必要なこと。
そのためにも、いま保育園がどのような問題を抱えているのか、ひとつひとつの声にしっかりと耳を傾ける必要があるはずです。
政権批判にだけ反応する議員やマスコミ
それにも関わらず、なぜ“保育園落ちた日本死ね”で騒いでいた議員やマスコミは、今回の件では先のそれに比べ、声をあげないのか。政権批判までしなければ問題として取り上げないのでしょうか。
政権批判が絡むと途端に元気づくのに、今回のような近隣住民と保育園の問題になると黙ってしまう、これでは待機児童問題が政権叩きに単に利用されてしまっただけと受け取られても仕方がありません。
本当に待機児童、保育園の抱える問題に向き合おうとするならば、議員やマスコミは継続して声をあげ続けなければならないはず。ひとつひとつの問題にしっかりと反応していくべきなのではないでしょうか。
《構成・文/岸沙織》