高校は熊本市内にある伝統校。自宅からは遠方のため、学校管理の、構内にある女子寮に入った。週末には帰省もできた。部活は書道部でなくボランティア部に所属した。
菜美さんと同じ寮生のBさんとの間にトラブルが芽生え始めたのは5月ごろ。Bさんが帰省時、寮の洗い物や炊事の当番を菜美さんに何度か交代した。体育系部活の寮生は当番ができず、菜美さんともうひとりに集中していた。
寮生活について菜美さんは「押しつけ」られていると、出身中学のLINEグループに不満をつぶやいた。「音を立てて歩いてはいけない」などの“裏寮則”もあった。
「スリッパの親指部分に穴があいていたんです」(響子さん)
というほど、菜美さんは気をつけていた。それでも先輩に注意される。「ほかの生徒は見逃されているのに、どうして自分だけ」と納得がいかないこともあった。
ストレスのある寮生活に加えて、Bさんが菜美さんを“いじり”始めた。身体的特徴を笑われて以後、マスクをするようになった。
こうしたことを響子さんは知らなかった。5月18日、50代の男性担任に、
「離れて暮らしているので心配です。何かあったら教えてください」
と懇願した。担任の答えは、
「私は何もしません」
耳を疑った。担任への不信感の始まりだった。6月、菜美さんとBさんの関係はさらに悪化する。菜美さんはお風呂セットを隠されたり、スマホを無断で使われそうになった。
28日、菜美さんが響子さんのLINEに、Bさんとのやりとりのスクリーンショットを送信してきた。
《どんだけへぼいと》《つら死んどる》《逃げんなや》《レスキュー隊呼んどけよ》
身体的特徴を笑ったものも含まれていた。菜美さんは響子さんに初めて、電話で泣きながら訴えた。
「もう無理。寮を出たい。こういうことされるとばい」
脅迫的なLINEが来たのは、菜美さんの出身中学のLINEグループでの愚痴がBさんと仲のよい生徒Cを通じて流出したからだった。
《シメに行く》
Bさんはその生徒Cにトークを送ると、隠れている菜美さんを探した。が、見つからないため脅迫的な内容を送ったのだった。
「娘に何があったのか。不安になり、担任に相談したんですが、“それは寮のこと。舎監長に電話してください”と言われました」
担任は何もせず、舎監長は「迎えに来るように」と言っただけ。6月30日、博志さんは菜美さんを迎えに行った。
「家には妹と弟がいるので話しにくいだろう」と3人でドライブに出た。
「菜美はシクシク泣いてばかりでした。“何があってもあなたの味方だからね”と言うしかできなかった」
7月1日、響子さんは実姉に相談に行き、実姉宅から通学できるように決めた。このころ、菜美さんは「5月からいじめられている。寮を出たい」と申し出た。舎監長は「寮から出さない」と言った。
「亡くなってから知りました。言ってくれればよかったのに」
と響子さんは嘆く。7日、舎監長に気持ちを伝えるため、菜美さんは手紙を渡した。
《『なんあいつ』みたいにコソコソ言ってきたり、言いたいことあるなら言えば?て言ってくるので、言ったら、悪いのはおまえだと言わんばかりに言い訳して、すべて丸め込まれ、挙げ句の果てには『被害妄想じゃ?』と言われて…》
すると、舎監長から響子さんに電話があった。
「退寮するのは相手ですから。下宿先では学習時間を自分で作れなくて、失敗している子を何人も見ています。寮がいいですよ」