人身事故は社員や乗客に多大な迷惑をかけるため、自社に非がない場合、鉄道会社は遺族に冷徹な対応を行うことがある。
2007年、愛知県大府市にあるJR共和駅で、認知症の男性がホーム先端のフェンスを開けて線路に降り、電車にはねられて死亡。その後、JR東海は遺族に対して損害賠償を請求して提訴した。
飛び込み自殺ではないこともあり、この件では遺族が裁判で争ったが、一審は家族側に約720万円の賠償を命じている(二審では、フェンスが施錠されていなかったことから、JR東海の責務も認めて賠償額が半分になった)。介護で疲弊する家族に対して過大な責任を負わせる判決だったが、最高裁まで家族は争い続けて、2016年3月1日にJR東海の逆転敗訴が確定する。
もとより、JR東海は売上高1兆7000億円の企業であり、賠償金が経営に影響を与えることはない。それでも提訴したのは、自社が受けた被害に対して責任をとらせる姿勢を貫いたためだろう。
人身事故も、それぞれのケースで責任の所在は異なる。しかし、死と隣り合わせのホームがあること自体、いずれのケースでも鉄道会社の責任は免れないのではないか。
少なくとも、線路に降りるような危険な扉は、子供や認知症の人が簡単に開けられないようにしておくべきである。
また、ホームドアが設置されれば、視覚障害者も、酔客も、ホームから転落することはないし、飛び込み自殺も防止できる。多大なコストがかかるホームドアの設置は、遅々として進んでいないのが実態だが、そんな現状に対して、鉄道会社に注がれる視線は厳しくなっている。
これからは、飛び込み自殺による人身事故であっても、鉄道会社を“被害者”と見る人は減ってくるはずである。もちろん、"マグロ"の対応をする鉄道マンは同情されるべきだが。
文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』がある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。