「弱いから死んだ」偏見にさらされる遺族
そして中原さんはまだ闘っている。家族会の東京代表として傍聴支援などで過労死遺族を支え、過労死根絶への活動を続けている。
「遺族で声を上げるのはごく少数です。突然、家族を失うと正気でいられません。例えば専業主婦なら、葬儀のあとで間髪をいれずハローワークに並ぶため精神的余裕をもてない。声を上げたくても、そのやり方も知りません。そして、自死には“死んだのは弱いからだ”との偏見があるんです。その偏見で子どもがイジメられるのではと恐れ、多くの人が家族の自死を隠蔽しています」
電通の女性社員の過労自死に対し、武蔵野大学の長谷川秀夫教授が「残業が月100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」との自己責任論をネットで展開したのは記憶に新しい。偏見は確かにあるのだ。
実際、家族会に相談する遺族は氷山の一角。労災請求により判明した過労死は'00年度の約1000件から'13年度は2100件へと倍増したが、実態はその数倍と推測されている。
厚生労働省の過労死の労災認定基準は月80時間以上の残業が数か月も続くこと。だが、そもそも労働基準法は週の労働時間を40時間と定めているのに、なぜ長時間残業が許されるのか。実は、労基法こそが36条で無制限の残業を認めている。だからこそ家族会が目指したのは、過労死を根絶する法の制定だった。
'11年、家族会が中心となった『過労死防止基本法制定をめざす実行委員会』が作成したのが『過労死防止基本法(案)』だ。
実行委員会は、基本法案で「過労死はあってはならないと国が宣言する」「過労死をなくすための、国・自治体・事業主の責務を明確にする」「国は、過労死に関する調査・研究を行うとともに、総合的な対策を行う」の3つを国に求め、同時に100万人署名運動にも取り組んだ。
その運動で、中原さんは与野党を超えた国会議員の協力を仰ごうと決意。そして、全国会議員750人にファックスを流した。コピー文章ではない。出身地や出身校、所属などひとりひとりの議員の背景に合わせ文章を練り、朝から夜まで丸3日間をかけて送信し、最後は、「身体が動かなくなった」(中原さん)
それでも、ファックスの最後の「お電話をください」に応じて丁寧な電話をくれる議員は何人もいた。そしてついに実行委員会が年に数回開催した院内集会では与野党議員が数十人参加するまでになり、法案は、'14年11月1日に『過労死等防止対策推進法』として施行されたのだ。
もちろん課題はある。推進法は、例えば企業に対しては、国や自治体が実施する過労死防止対策に協力するよう努力義務を謳うが、罰則はない。施行から3年後、すなわち来年に同法の見直しが行われることから、中原さんは「今度は法に魂を入れます」と決意している。