「ニュースを見たときは、ぞっとしました。今思えば、雰囲気は暗いし、ベテラン看護師の態度がとにかく横柄でいつも命令口調。あからさまに面倒くさそうに対応するので、何か質問すると怒られそうで……。相談を躊躇(ためら)う感じでしたね」
界面活性剤が混入され、男性患者2人が中毒死した横浜市神奈川区の大口病院。ここに80代の母親を入院させていた八坂庄司さん(50代=仮名)が病院の印象を振り返る。事件を知り、“やっぱりな”という気持ちとともに、恐怖心がこみ上げたという。
犯人特定の捜査が難航するなか、大口病院は11月18日、管理体制について改善報告書を提出した。
〈警備員を事件前の1人から4人に増員〉〈防犯カメラは4台から8台に増設〉〈殺害に使われた消毒液『ヂアミトール』は無色透明だったが、院内の消毒液は着色のものに変更し、施錠管理する〉
報告を受けた横浜市医療安全課は「できる範囲で精いっぱいやっている」と一定の評価を下している。
一方、「大口病院の管理体制が特別にずさんだったわけではない」と指摘するのは医療ジャーナリストの田辺功さん。
「これは事故ではなく、明らかに殺意のある、許されない犯罪です。しかし薬品の管理体制について言えば、どこの病院も似たようなもの。現場はとにかく忙しい。建前でルールを作っても、ルーズになりがちです。厳密に管理する病院も確かにありますが、それはモルヒネなどの有毒な薬品を扱う場合。一般病棟で、しかも消毒液となれば施錠までして特別に管理したりするほうが珍しいですよ」
年間1万件近くの医療事故が
事件ではないが、意図せぬ消毒液の混入で死亡事故となったケースは過去にもあった。
1999年、東京都立広尾病院で当時50代の女性患者に、左中指の関節を包む滑膜の切除手術を実施。術後の経過は良好だったが、翌日、看護師Aが血液凝固防止のための生理食塩水を注射器に注入する際、誤って別の患者の消毒液を注入。のちに看護師Bも注射器内の薬液を確認しないまま、患者に消毒液を点滴した。患者の容体は急変。心配停止となり、死亡している。
「専門的な事象を扱う医療の現場では医師、看護師、薬剤師、それぞれに過度な期待が寄せられます。でも彼らも同じ人間である以上、日々一定のミスが起こること、それが大きな事故につながることもあると患者側も知っておく必要があります」(前出・田辺さん)
公益財団法人『日本医療機能評価機構』によれば、'15年に報告された医療事故は、3654件。全国約8500の医療機関のうち、報告義務対象は280機関とされ、実際は1万件近くにのぼることが予想される。報告された事故の中には、患者に障害が残らずに終わるものもあれば、無念の死を招いたものもある。