高校の同級生である千景とまゆ子は、10年ぶりの偶然の再会を機に同居を始める。薬剤師の千景とスナックで働くまゆ子は、すれ違いが多い生活のなかでもコミュニケーションを重ね、心の距離を縮めようとしている。一見、女性同士の微妙な関係性を描く物語と思いきや、やがてふたりの意外な秘密が明かされる。近づきつつある高校の同級生の結婚式を機に、ふたりは過去の事実と目の前の現実に向き合っていくが──。
言葉にあてはまらない存在や感情や関係を描いた『そういう生き物』(集英社刊)は、第40回すばる文学賞受賞作。著者の春見朔子さんは、長年、自身が抱えていた素朴な疑問をもとに、この物語を立ち上げたのだという。
子どものころからの疑問が物語の原点に
「子どものころにテレビで見た人が“見た目は男だけど、心は女なのよ”と言っているのを聞いて、“心が女ってどういうことだろう?”って不思議に思ったんです。私は女として生まれ、女として生きていますが、そのことに疑問を持ったこともなければ、違和感を覚えたこともありません。けれど、自分の心が女だと意識したこともないんです。
だから、身体と一致する、しないにかかわらず、心の性別というものを自覚している人がいるのが不思議でした。ほかの人たちにしても、心に性別があるということに関しては、何も疑っていないように見えます。そうした場面に遭遇するたびに、自分の中にもやもやとした疑問のようなものが生じていました」
本作は、千景とまゆ子の双方の視点から日々の出来事を見つめる形で進んでいく。
「世間から見ると、千景は身体と心の性別が一致している人で、まゆ子は一致していない人。どちらか片方の視点だけで物語を進めてしまうと、自分が書きたいことを書ききれないと思ったので、ふたりの視点から交互に描くことにしました」
登場人物に特にモデルはいないという。だが、千景の思考や感情は春見さんに似ている部分があるのだそう。
「千景は私よりもずっと論理的に物事を見ていますし、冷めた部分がある女性です。ただ、千景が抱えている“心が男、心が女ってなんだろう?”という思いは、私自身の疑問でもあります。前半には千景が“どうしても抱き合いたくない相手は男が多いけれど、どうしても抱き合わなければいけないのなら男を選ぶ”という趣旨の独白をする場面があるのですが、こうした彼女の感覚は自分に近いような気がしています」