子どもはたいてい親に似るもの。行動遺伝学(※記事の最後に解説あり)と教育心理学が専門の慶應義塾大学・安藤寿康教授によれば、親世代から子世代への遺伝の影響は、容姿以外にも、知能・能力、さらには性格・態度まで及ぶという。
「どんな特徴にも遺伝子が関わっています。目の色や爪の形、身長や体重などの生物学的な特色が遺伝します。これに加えて、IQや学校の成績(国語や算数など)、芸術的な素養(音楽や美術など)、さらに記憶力や運動神経などにも遺伝の影響が見られます。
もっというと、好奇心旺盛であったり、他人と一緒に協力して作業をしたり、物事にまじめに取り組んだりする性格も遺伝が関わっています」(安藤先生、以下同)
遺伝に対する最大の誤解
遺伝の影響がそんなに大きいなら、“優秀な家系にしか優秀な人が出てこない” とか、“二流の両親からは二流の子どもしか生まれない” と言えてしまうのだろうか?
「それこそが遺伝に対する最大の誤解です。人間の特徴は複数の遺伝子の組み合わせで決まりますが、父親と母親のどの遺伝子が組み合わさるかによって、子どもの特徴が違ってきます。しかも、両親の遺伝子の組み合わせはランダムに選ばれるので、子どもの特徴がどうなるかは確率で決まるのです。
ですから “遺伝の影響がある” イコール “遺伝する” わけではないのです。ただし、両親の遺伝子を足して2で割ったくらいの子どもが生まれる確率が高いことは確かでしょう」
さらに遺伝子の組み合わせというのは非常に複雑で、単純な足し算で決まらないケースもあるという。
「ポーカーの役のようなものと考えるとわかりやすいかもしれません。強い札であるキングのワンペアよりも、弱い札の2や3のツーペアのほうが強いように、複数の遺伝子の組み合わせ方によって、子どもの特徴が大きく変わってくることがあるのです」
図(「遺伝の伝達イメージ」)にあるように、特徴の出方にはバラツキがある。つまり優秀な両親から優秀な子どもが生まれることもあれば、平凡な子どもが生まれることもある。その反対に平凡な両親から優秀な子どもが生まれることだってあるのだ。
「今は少子化なので、あまりイメージしにくいと思いますが、ひとりの親がたくさんの子どもを産んでいた時代には実感があったはずです。同じ両親から生まれた子どもでも、勉強ができる兄に対して、勉強は苦手だけど人付き合いが上手な弟がいたり。まったく違う特徴を持つ子どもが生まれていたものです」
優秀な両親からは優秀な子どもが生まれる傾向はあるが、それは相対的に多いというだけ。その反対のことだって十分にありうるのだ。
「人間の才能や性格などの行動は、先天的な遺伝と後天的な環境からどの程度、影響されるのかについて、膨大な統計データを使って分析する学問です。もし遺伝に100%影響するという結果が出たら、親の遺伝ですべてが決まるので、どれだけ子どもが1人で努力をしても成果は出ずにムダに終わる、というわけです。 その中心となる手法は “双生児法” で、一卵性双生児(遺伝子が100%同じ)と二卵性双生児(遺伝子が50%同じ)の類似性を比較します。同じ環境で育った双子を比べて、一卵性のほうが二卵性よりも似ていれば、遺伝の影響が大きいと考えるのです。 もちろん、少数の双子の類似性を比べても統計的に意味はありません。たくさんの双子の被験者に協力してもらい、全体的な傾向を見ていき、どの程度、遺伝の影響があるかを突き止めていきます」
<教えてくれた人>
安藤寿康さん
慶應義塾大学文学部教授。教育学博士。専門は行動遺伝学と教育心理学。著書『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)など