年金の支給開始年齢70歳が討議され始める中、見過ごされているのがシニア世代の労災認定の問題だ。60歳以上のシニア世代が労災を申し出て認定される割合は31.2%。他の世代の平均41.1%と比べて10%近く低い(2023年厚生労働省のデータより)。
若年層と同じ基準が問題
なぜ、こうしたことが起こるのか?
「若い人と同じ認定基準が使われているからだと思います。過労死の原因である時間外労働に関しては、老いも若きも1か月100時間以上。もしくは発症2~6か月前の平均が80時間以上とされ、足りないと労災と認定されません。
時間外労働100時間というと、週40時間労働の場合、1か月(30日)の総労働時間は276時間ほどになります。シニアのほうが当然、体力は落ちていますから、とてもその労働時間は働けません。こうした点が加味されていないのです」
こう語るのは、過労死などの労働問題に詳しい八王子合同法律事務所の尾林芳匡弁護士だ。同弁護士が担当したAさんのケースは、その典型的な例だという。
Aさん(男性)は死亡当時73歳。年金だけでの生活は心もとないと、ガソリンスタンドに派遣されて勤務していた。ところが2019年の夏、心筋梗塞を起こして自宅で亡くなってしまった。仕事はかなり過酷だったようだが、労災認定は難しいという。
直前に深夜労働が6日間連続で行われていた事実はあったが、時間外労働時間は26時間。過労死認定の基準には、程遠いからだ。
しかし、亡くなる直前のAさんが上司に送ろうとスマホに残したメールが残っていた。
《体調が悪く、本日の夜勤は休みたいです。無理であれば行きますが、少しばてています》(Aさんのメールより)
「そうした証拠から、民事訴訟を起こしました。これから労災申請をする予定です」(尾林弁護士、以下同)
また、労災保険審査官にははねられたものの、労働保険審査会に再審査請求して労災認定された例もある。
食品製造工場に勤務していたBさん(男性)は71歳。2020年夏、深夜に工場での勤務中に倒れ、救急搬送されたものの死亡した。これも当初は労災認定されなかった。Bさんの時間外労働は70時間だったからだ。
「Bさんは衛生が重視される食品製造工場勤務とあって、肌が出ない気密性の高い衣服をつけ、マスクをしなければならなかった。マスクをしていると暑いさなかにあっても水分補給もままなりません。
さらには死亡の直前に、会社側から“卵焼きを焼く量を増やせ”と命じられていました。こうした点が『71歳の高齢被災者にあっては過酷であった』とされ、労災認定に至りました」