目次
Page 1
ー 4年前のある横領事件がきっかけ
Page 2
ー 馬と触れ合うほどに馬の魅力は増す
Page 3
ー 時代の気分が物語に息づいている

 

 『世界から猫が消えたなら』や『四月になれば彼女は』などの人気作がある川村元気さん。 このたび、3 年ぶりに長編小説『私の馬』を上梓した。本書の魅力と創作秘話を教えてもらった。

 ドゥダッダ、ドゥダッダ。

 リズミカルな蹄の音、いななき、筋肉質の美しい肢体、熱い鼻息、獣のにおい……すぐそばに馬を感じる小説『私の馬』。読み進むにつれて、主人公と一緒にどんどん馬にはまり込んでいく。

4年前のある横領事件がきっかけ

 作者の川村元気さんは、映画では、製作・脚本・監督としてヒット作を出し、小説、アニメ、翻訳などでも多彩な活躍をしている。3年ぶりの小説が馬をテーマにしたことについて、こう語った。

「4年半前、女性が10億円横領した事件があったんです。安いアパートに住んで、そのお金をすべて自分が乗る馬に使った。ホストやギャンブル、ブランド品ではなく、どうして馬なんだろうと、ずっと引っかかっていました」

 今、川村さんが気になっているのは、コミュニケーションの難しさ。誰しもがスマートフォンを持ち、絶え間なくやりとりしているのに、満たされている感は薄い。

「パワハラやセクハラに脅かされ、誰かの言葉で鬱になったり、なられたり。SNSでは、無責任な書き込みや誹謗中傷の言葉ばかり。どんどん嫌な言葉が自分の中に入り込んできて、これから人間のコミュニケーションはどうなってしまうのかという不安があった。われわれはどうしたらもう一度言葉を取り戻せるのか。どんなカタチのコミュニケーションが幸せなのか……」

 川村さんが小説を書くのは、自身の不安に端を発し、さらに深く考えるためでもある。

「コロナ禍のころから、僕の周りでペットを飼う人が増えてきました。猫や犬と暮らし始めて“パーフェクトになった”と言う人も多い。恋人や夫には、いくら言葉をつくしても、わかり合えないのに、犬や猫とは、わかり合えることがある。言葉ではなくコミュニケーションが取れていると実感するのは、何よりも幸福なことなんだと」

 コミュニケーションやペットについて考えていると、横領事件とつながった。

「馬に10億円を使った女性は、言葉のないコミュニケーションにのめり込んでいったのではないか」