最近の秋篠宮家の次女・佳子さまへの国民の熱狂ぶりは、皇太子だった天皇陛下(81)と、美智子さまの結婚が決まった昭和33(’58)年ごろの"ミッチーブーム"と重なるものがあります。
正田美智子さんは史上初の民間出身の皇太子妃で、天皇家に「新たな風」を運び込みました。
当時のメディアは、総力を挙げて美智子さまの特集を組み、多くの女性たちは美智子さまの美と聡明さに未来への希望を感じていました。
そして、平成のこの時代に佳子さまのご活動ぶりもまた、伝統を守りつつ新しい風を運ぶことにつながっていると思います。
1月2日、皇居で行われた『新年一般参賀』に、20歳の誕生日を迎えたばかりの佳子さまが初めて参加されました。
前年の同じ日に一般客として参賀を"下見"されていたことからも、公務をしっかりやっていきたいというお気持ちが伝わってきます。
昨年、12月29日に20歳の誕生日をお迎えになった佳子さまは、記者会見で公務について、「いただいた仕事を、ひとつひとつ大切にしながら、取り組んでいくべきだと考えております」と述べられました。
これまでの女性皇族で、公務を「いただいた仕事」と表現されたのは、佳子さまが初めてではないでしょうか。
成年になられた佳子さまは、天皇家の内親王として、将来の天皇である弟の悠仁さま(8)の姉として、多くの公務に力を尽くさなければなりません。
両親の秋篠宮ご夫妻の方針で佳子さまは幼いころからお出ましに同行してきました。天皇陛下が皇居で行う稲作や、歴代の皇后が手がけてこられた養蚕など「伝統」の手伝いもされています。
趣味のフィギュアスケートやダンスを通じ集中力も養われてきました。特にフィギュアでは、小学校5年と中学1年のときに大会で優勝されています。
まさに皇室の「伝統」を守りながら「新たな風」を吹き込んでいる一例です。
昨年夏に、皇室の方々が通われてきた学習院大学を中退し国際基督教大学(ICU)に再入学されたことにも、それはあらわれています。
この4月2日の入学式前に行われた質疑応答では、濃紺のブレザースーツに白いブラウスで、「新しい学生生活を始められることに感謝しつつ、有意義に過ごしていきたい」と、お話しになりました。
そのような佳子さまの伝統と新しい風を両立させる「気品」は、ただ皇室に生まれたから備わるものではなく、身近なお手本と厳しい教育─例えば母の躾─によって醸成されるものだと思います。
渡辺みどり(わたなべ・みどり) ●1934年東京生まれ。文化学園大学客員教授で、ジャーナリスト。日本テレビ在職中は、情報系番組を担当。昭和天皇崩御報道では、チーフプロデューサーを務める。著書に『美智子さま 美しきひと』、『英国王冠をかけた恋』など多数(*本原稿は特別寄稿されたものを2部に再構成しているため、必要に応じて加筆修正してあります。続編も併せてお読みください)