■ユーモアたっぷりに日々の暮らしを綴る
大ヒットドラマには常にこの人あり。そう言いたくなるほど存在感のある役柄を数多く演じてきた女優の野際陽子さんが、実に19年ぶりとなるエッセー『70からはやけっぱち』を出版した。
5年ほど前から始めたという水彩画とともに綴られる人気女優の日々の暮らし。体重が増えたことを嘆いたり、庭で見つけた怪しげな虫を飼ってみたり、飼い犬たちの世話に奮闘したりといった毎日が、茶目っ気たっぷりに語られている。
「私は“面白おかしくて、クスクス笑えるものを書きたい”という気持ちがあるんです。小さいころからユーモア小説を読むのが好きでしてね。10代のころにユーモア小説を書いて、少女雑誌の公募に挿絵付きで送ったことがあるくらい」
エッセーは冒頭から、大物女優らしからぬざっくばらんな語り口で始まる。70歳になる少し前から、老化対策にとストレッチや筋トレを始めたものの、気づいたら10か月もサボっていた。お腹も二の腕もぷよぷよ、身体もカチカチだ。このまま老人へ一直線でいいのか!? ……といった自分へのツッコミやぼやきが続き、読み手はついつい笑ってしまう。まさに野際さんの狙いどおりだ。
「私もね、いろいろと運動の機械は買ってみたんですよ。金魚運動マシンとか何とかステッパーとか。でも機械は場所も取るし、すぐに飽きてやらなくなってしまうの。それで、ストレッチならヨガマット一枚でできるからいいかと思いましてね。今は何とか、週に2〜3回のペースで続けています。運動不足を解消するために、家の中をぐるぐる走り回ったこともありますが、ラグカーペットに足を引っかけて親指を骨折しちゃったので、もうやめました(笑い)」
そして、「庭で虫を見つけた」という普通なら何の変哲もないはずのエピソードも、野際さんの手にかかると、なぜかおかしな方向へ……。
「ある日、黄金虫というのを庭で見つけたので、空き瓶に入れて飼ってみたんです。一昨年は2匹、昨年は4匹つかまえて。それが観察していると、とってもおかしいの。4匹が数珠つなぎになってみたり、2匹ずつのカップルに分かれてくっついてみたり。きゅうりやにんじんをあげると、すごい勢いで食べるのよ。今はアゲハ蝶の幼虫を飼っているんですが、この青虫もまたカワイイの。葉っぱをむしゃむしゃって食べる姿が、ものすごく愛らしくて」
“大物女優と幼虫”という、あまりにギャップのある組み合わせにまたもやクスクス笑いつつ、野際さんが小さな命に向けるやさしいまなざしに心がじんわり温かくなる。飼い犬たちとのエピソードも愛情あふれるものばかりだ。
「以前は6匹でしたが、4年前に1匹亡くなって、今は5匹のシェルティーと暮らしています。17年ほど前に最初の子を飼い始めて、そのうち子どもが生まれたり、お嫁さんをもらったりするうちに、どんどん増えて。犬たちは私にとって、子どもや孫みたいな存在。この子たちは話がわかるんです。人の目を見て話を聞くし、私が“今日はお月さま出てるかな?”と聞くと、ピューッと庭に走っていって、空を見て“ワンワン!”って答えてくれるの」
■意地悪な役がストレス解消に
それにしても、ドラマの撮影が入った時のハードスケジュールには改めてびっくり。朝7時から24時までの撮影が何日も続くことが珍しくない。それでも野際さんは、「仕事は楽しいので、どんなに忙しくても嫌だと思ったことはありませんね」と話す。
「私は若いころから、悲劇のヒロインとか絵に描いたようないい人というのは、あまり演じたことがなくて。たいていの役は少し意地悪だったり、うんと意地悪だったり(笑い)。普段の自分なら絶対に言わないようなことを平気で言ってしまう役が多いものですから、ストレス解消になるんです。それに、どんな役でも一生懸命演じていれば、誰かが見ていてくださるもの。あるドラマで母親役を演じた時、家でイチャイチャしている娘と彼氏に“ご飯ですよ”と声をかけるシーンがあったので、自分なりに表情や口調を工夫して、ちょっと笑えるように演じてみたんです。そのたった1シーンを、ある演出家の方がご覧になって“面白い女優がいるな”と思ってくださったらしく、別のドラマに起用してくださったこともありました。私たち女優はオファーをいただかなくてはできない仕事ですから、ここまで続けてこられたのは、とても幸運なことだと思っています」
来年で80歳を迎える野際さん。これから挑戦してみたいことは?
「うーん、ゴルフは興味がないし、動物は好きだけど乗馬は落っこちたら大変だし、スカイダイビングは途中で死んじゃいそうだし(笑い)。いろいろ考えてみると、そんなにやりたいことってないのね。だから今までどおり、1日1日を大切に過ごしていきたい。年をとることをネガティブに考えても仕方ないし、毎日を楽しく暮らしていければ、それが一番じゃないでしょうか」
(取材・文/塚田有香 撮影/近藤陽介)
※取材後記
ドラマでは気が強い女性を演じることが多い野際さんだが、ご本人はとても人見知りなのだそう。
「仕事場でも最初は共演者やスタッフの方たちと何を話していいかわからないし、そもそも人の名前が覚えられない(笑い)。ですから、誰かが話しかけてくださるのを、じっと待っているんです」
それにしても、素顔の野際さんは本当に気さくな方。「理想の体重は51.5kgだけど、一時は56kg近くになっちゃって」などと包み隠さず何でも話してくださる姿に、ますます好感度アップ!
〈著者プロフィール〉
のぎわ・ようこ 1936年、富山県生まれ。'58年、NHKにアナウンサーとして入局。'62年にフリーとなり、翌年に女優デビュー。『キイハンター』『ずっとあなたが好きだった』『TRICK』『DOCTORS』『花嫁のれん』などテレビドラマを中心に活躍中。