ある日、白いブラウスを着た女性が、「乗り越しです」と気丈に告げながら、初乗り運賃の切符を突き出した。切符を見ると、遠距離通勤なのだろう、ここから1時間半以上もかかる駅からの乗車である。乗り越し清算は1500円以上なので、ほとんどの区間を無賃乗車したことになる。

 確信犯だ。普段は駅員がいないので、不正乗車をしても発覚しない。こうして、毎月3万円以上も交通費を浮かせるのだ。

佐藤充氏が執筆した『鉄道業界のウラ話』(彩図社より)
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 このローカル線を、少なくとも地元の人たちは応援していると思っていた。夏に高校生サーファーが訪れるにしても、このあたりの収支は完全な赤字である。

 事業である以上、赤字の額が大きくなれば鉄道路線は維持できない。自治体が継承するにしても、財政が厳しいので困難だろう。それでも地元は、列車本数の改善などを求める。しかし、その足元では、一部の住民が日常的に不正乗車をしているのだ。

 このOLは、高校生サーファーとは違って、逃げる素振りなどしない。駅員の機先を制するように、「乗り越しです」と毅然と告げるだけだ。やましいような態度をしない限り、駅員は黙って乗り越し清算をするしかない。大人である彼女は、ちゃんと心得ているのだ。

 不正乗車ができる仕組みが悪いのか。いずれにせよ、この善意に頼った仕組みを踏みにじるのは、高校生ばかりではなかった。むしろ、善良と信じられている地元住民には、裏切られた思いである。


文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』がある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。